我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。最近、カッパでもある。武士とカッパの兼業は、どうかと思うが、当人は何とも思っていない様子だ。
昨日は土曜日、れもんちゃんイブ。
夜、仕事から帰って、くつろいでいると、シン太郎左衛門はズボンのチャックを内側から開けて飛び出し、リビングのテーブルの上に脱ぎ捨ててあった、最近お気に入りのカッパのぬいぐるみを着て、カッパに変身した。
「お前、最近、毎晩カッパだなぁ」というと、目の前の小さなカッパは満面の笑みで頷き、「うむ。カッパは実に楽しい。非日常感にワクワクいたしまする」
カッパのシン太郎左衛門はテーブルから降りると、アチコチをピョコピョコ走り回った。階段を駆け上がって、2階の部屋まで覗いて回っているようで、カッパに生まれ変わったせいで、見慣れたはずの家が違って見えるようで、活き活きと楽しそうだった。
そして翌日。今日は日曜日。れもんちゃんデー。
いつもの時間に目覚ましが鳴った。
目を覚ますと、枕元に小さなカッパがいて、私の顔を覗き込んでいた。
「おい、シン太郎左衛門。今日も朝からカッパか。衆知のとおり、日曜日の俺には『れもんちゃんに会う』という大切でステキなミッションがあるから、カッパの相手はできないのだ」
一瞬首を傾げた後、カッパは脱兎の如く部屋から飛び出していった。
「なんだ、アイツ・・・」
布団の中でボンヤリ考えた。あのカッパのぬいぐるみは、どんな経緯でウチに来たのだろう?私は相当ボケているので、はっきりした記憶はないが、20年以上前、私の勤める会社で新商品のキャンペーン用のノベルティ・グッズとして、カッパのぬいぐるみを大量に発注したものの、キャンペーンが突然取り止めになって、社員1人につき1箱、つまり120個のカッパのぬいぐるみを持って帰らされたような気がする。どうやら押入れの奥に119個のカッパが眠っていて、どういう思い付きか私は1匹のカッパだけ米びつに移したらしい。
「あ〜あ、ボケると楽しいな。自分の家なのに知らないことが一杯で、ワクワクドキドキが止まらないよ」
そんな独り言を言いながら、布団を出てドテラを羽織ると、キッチンに向かった。
ゆで卵とコーヒーで朝食を済ませたが、その間もカッパのシン太郎左衛門はどこかに行ったきり戻ってこなかった。2階から断続的にガタガタと物音がしていた。
新聞を読みながら、「アイツ、何してるんだろ」と、段々と不安になってきた。シン太郎左衛門が、掃除や片付けのような人の為になることをするわけがなく、何か余計なことをしてそうな悪い予感がした。
席を立つと、階段の下から、「お〜い、シン太郎左衛門。そろそろ降りてこ〜い」と声を掛けた。
すると、いきなり2階の廊下を駆け抜ける沢山の足音がバタバタと聞こえてきて、階段の上に100匹を越える小さなカッパの集団が姿を現すなり、一気に階段を掛け下って、ドオ〜ッと勢いよく私の足元を通り過ぎて、リビングに駆け込んでいった。
後を追ってリビングに戻ると、部屋一杯に同じ格好、同じ顔をした小さなカッパが犇めいていた。
「おい、シン太郎左衛門・・・どこだ?」
「ここでござる」と答えが返ってきたが、何せ全員同じぬいぐるみの、同じ笑顔を浮かべた120匹のカッパが、240個の瞳をキラキラさせて、私を見つめている。どれがシン太郎左衛門なのか、全く分からなかった。
「おい、シン太郎左衛門、手を挙げろ」と言うと、全員が一斉に元気に右手を挙げた。
「おい、ふざけるな・・・シン太郎左衛門、どういうことだか説明しろ」と言うと、どの1匹かは分からぬが、
「うむ。拙者、昨晩、カッパの扮装をして、家の中を闊歩しておったとき、当家に住して長い年月が経つものの、書斎の押入れを訪ったことがござらなんだ故、ちと足を踏み入れてみた。すると、沢山の動物パンツと並んで、箱一杯の・・・」
「カッパのコスチュームを発見した・・・ということだな」
「いかにも。そこで、早速、霊界版LINEにより、苦労左衛門や猪熊三兄弟ほか拙者の朋友に声を掛け、そのまた朋友に声を掛けてもらい、拙者を含め都合120名の武士が本朝5時、ここに集結いたし、カッパのコスプレをして元気に戦争ごっこをしておった。名付けて『朝からカッパ大戦争』でござる」
「そうだったのか・・・ということは、ここにお集まり皆さんは・・・」
「みな武士でござる」
「それは心得ている。みんな武士だしカッパなのは重々承知しているが、さらに、カッパの中身は皆さん、すでにお亡くなりになったオチン、つまりオチンの幽霊ではないのか?」
「うむ。いかにも。拙者を除けては、全員、武士でカッパでオチンな幽霊でござる」
「やっぱり、そうだろ。俺、そんなのがこんなに沢山いる家に住むのはイヤだなぁ。これから、れもんちゃんに会いに行って、帰ってきたら、みんな居なくなっててもらえるのかなぁ」
「なに、心配ご無用。赤白両軍に分かれての大戦争、先刻、全員怪我もなく終了いたし、反省会も済ませてござる。全員同じ格好のカッパでは、赤組が勝ったやら白組が勝ったやら、まるで分からなんだ。これが本日の反省点でござる。カッ、カッカッカッ・・・」と、シン太郎左衛門が、何が可笑しいのか高笑いを始めると、他のカッパも一斉に続き、部屋全体が笑いどよめいた。私一人が笑っていなかった。
笑いの波が引いていくと、シン太郎左衛門とは別のカッパが、「皆の衆、これより父上殿とシン太郎左衛門殿が、宇宙一に宇宙一の誉れも高き、れもん姫のもとへと御出陣でござるぞ。我々カッパ武士全員で盛大にお見送りをいたそうぞ。ささ、父上殿、シン太郎左衛門殿、出立の御準備を」
カッパの群れから一匹が飛び出して、私のパジャマの裾をよじ登り肩に乗った。
「父上、出陣でござる」
「何だよ、『出陣』って・・・」
2階で着替えて、階段を降りていくと、カッパ武士たちが「エイエイオー!エイエイオー!・・・」の掛け声で迎えてくれた。ただ、全く嬉しくなかった。
カッパ武士たちに先導されて、玄関で靴を履くと、カッパ武士の代表者、おそらく苦労左衛門というカッパが、声高らかに、
「それでは、皆の衆、用意はよいか?父上殿の武運を祈念して、『元祖カッパ節』斉唱・・・」
そんな歌、聞きたくなかったので、私は慌てて耳を両手で塞いで、家を飛び出し、向こう側からカッパの歌声が微かに漏れてくる玄関のドアに素早く鍵を掛けて、足早に駅に向かった。
道々、シン太郎左衛門が、「まこと、持つべきものは友でござる。カッパ武士の仲間たちの応援を受け、拙者、勇気も元気も全身に漲っておりまする」と言うので、
「じゃあ頑張ってね」と返した。
そして、れもんちゃんに会いに行った。
『勇気と元気が漲っている』はずのシン太郎左衛門だったが、いつもどおり、れもんちゃんにコロッとやっつけられてしまった。やはり、れもんちゃんは、宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「れもんちゃん、カッパに会ったことある?」
「カッパには会ったことないよ〜」
「会わないほうがいいよ。いろいろと鬱陶しいから」
「分かった〜。カワウソには会ったことあるよ。可愛かったよ〜」
「カワウソかぁ。カワウソも油断しちゃダメだよ。中身がカワウソだとは限らないからね」
「うん、分かった〜。気を付ける」
れもんちゃんの笑顔は、それはそれは可愛かった。
そして、JR新快速に乗り、家の最寄り駅で降り、坂を登って家に帰り着き、2階のベランダを見上げると、物干し竿のピンチハンガーには、洗濯を済ませたカッパの着ぐるみ120枚が所狭しと干されていた。
武士たちは、ちゃんと礼儀を弁えているのであった。
シン太郎左衛門とカッパの軍団 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ただ今回のクチコミに限り、カッパになる。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。
昼前に目を覚ましたが、仕事は休みだったので、丸一日、家でゴロゴロ過ごすと決意を固め、新聞の折込広告の裏に筆ペンで「初志貫徹」と書き、セロテープで壁に貼り付けた。
「シン太郎左衛門、今日、俺は一歩たりとも家から出ないことに決めた」
「うむ。それはよいことを決めなさった。拙者もご一緒いたそう」
「よし。そうと決まれば、まずは二度寝だ」と、今出てきたばかりの布団に逆戻りした。
「実にヌクくて、気持ちいいなぁ」
「冬は、布団と風呂と、そしてもちろん、れもんちゃんが気持ちよい」
「そうだ。春は布団と散歩と、そして、何より、れもんちゃんが気持ちいい」
「夏に気持ちよいのは、エアコンとブランケットと、そして、何をおいても、れもんちゃんでござる」
「秋は、全てにおいて気持ちのよい季節だが、取り分け、れもんちゃんが気持ちいいよな」
「うむ。春夏秋冬、季節を問わず気持ちいいのが、れもんちゃんでござる」
「そういうことだ。ところで、こうして布団の中にいると、ホントに気持ちいいんだが、実は腹が減ってきてしまった」
「もう昼前ゆえ、自然と腹も減りましょう」
「うん。腹が減りすぎて、気分が悪くなってきた」
「さっさと起きて、何ぞ食されよ」
「うん。そうする」と、私はモソモソと布団から抜け出すと、ドテラを着込んで、台所に向かった。
冷蔵庫のドアを開けて驚いた。ケチャップしか入っていなかった。
野菜室も冷凍庫も空だった。
「おい、シン太郎左衛門。昨夜のうちに泥棒が来たようだ。食い物泥棒だ」
「それは全く気が付きませなんだ」
「ケチャップ嫌いの泥棒だ」
「なんと」
「食品棚にあったはずのカップ麺も全てなくなっている。お菓子も全部取られた。きっと米も・・・」
米びつの蓋を開けてみると、米もなくなっていて、代わりに何やら緑色のモノが入っていた。
「米も一粒残らずなくなっている。代わりに・・・米びつに、こんなものが入っていた」
と私は米びつに残されていたモノを手に取って、シン太郎左衛門に向かって突き出した。
「それは、カッパでござるな」
「そうだ。カッパのぬいぐるみだ」
私の掌の上で、小さなカッパのぬいぐるみが、グッタリと項垂れて、両手両足をブラ〜ンと垂らしていた。
「そのカッパ、大変お疲れでござる」
「ダレきっとる。グニャグニャだ」
「つまり昨晩、ケチャップが嫌いな泥棒さんが、この家に侵入し、ケチャップを除く全ての食材と調味料を奪った上に、カッパのぬいぐるみを置いて去っていったと。さらに、そのカッパのぬいぐるみがグニャグニャであると・・・そういうことでござるな」
「・・・ほぼ俺が言ったままのことを繰り返す理由が分からんが、そのとおりだ」
「つまり、今回のクチコミのテーマは、その犯人を捜す、つまり、『名探偵コナン』的な推理モノでござるな」
「違う。捜すまでもない」
「なんと!それは、また何ゆえ」
「犯人はもう分かっている。金ちゃんだ」
「金ちゃん?それはさすがになかろう」
「いや、ホシは金ちゃんだ。金ちゃんはトマトが嫌いだからな。必然的にケチャップも嫌いだ。それに、かなり以前のクチコミに書いた通り、俺は金ちゃんに、玄関のドアのスペアキーを金ちゃん邸のレモンの木の下に埋めてあると教えてあるからな」
「なるほど・・・では、今回、れもんちゃんからの提案を受けて、『劇場版シン太郎左衛門』第二弾、名探偵コナン的な推理モノとする積りはないということでござるな」
「そうだ。推理する余地がないからな。犯人は金ちゃんで決まりだし、この件については、これ以上話すことがない」
「うむ。しかし金ちゃんが犯人とは意外でござる」
「うん。まあ、それは、いいとして・・・見ろ、このカッパのぬいぐるみ。背中にジッパーが付いていて、開けると・・・ほら、お前にピッタリの空洞になっている」
「なるほど・・・入ってみてもよろしいか」
「入ってみろ」
ダイニングテーブルの上に飛び乗ったシン太郎左衛門にカッパのぬいぐるみを差し出した。その中に、シン太郎左衛門は実にピッタリと収まって、器用にジッパーを引き上げた。
「これはよい。ピッタリでござる。暖かくて、着心地がよい」
「確かにピッタリだが・・・」
ぬいぐるみの目の部分が覗き窓になっていて、ちょうどそこにシン太郎左衛門の目が当たっていた。
「おい!キョロキョロと目を動かすな!実に気色悪い・・・まるでホラー映画だ」
シン太郎左衛門は、カッパの格好でクネクネとダンスを踊ってみせた。
「止めろ!ますます怖い・・・」
小さなカッパが、テーブルの上から嬉しそうに私を見ていた。
「父上、拙者、この着ぐるみが気に入った。ささ、父上も着替えてくだされ。駅前スーパーまで買い物に参りましょう」
「お前、まさか、その格好で人前に出るつもりか?」
「うむ。何か不都合でも?」
「・・・少しだけ不都合だから、ちょっと手を加えさせてくれ」
外に出ると思ったほど寒くなかった。
「日が照ってて、散歩には悪くない天気だな」
私は右の肩にはエコバッグを掛け、カッパのぬいぐるみに安全ピンで紐を付け、ネックポーチのように首からぶら下げていた。
「うむ。では、参りましょう」
「人前に出たら、断りなしにエコバッグに仕舞わせてもらうぞ。出来るかぎりのことを試してみたが、結局何をしてもカッパはカッパだ。いい年をして、カッパのぬいぐるみを首から掛けて、人前に出るのは恥ずかしい」
「心得てござる」
昼飯時だったせいか、通りには全く人影がなかった。胸の前で左右に揺れるシン太郎左衛門と四方山話をしながらテクテクと坂道を下り、国道を渡る横断歩道で信号待ちをしていると、いきなり背後から、「あっ、オジさん!」と声がした。
振り向くと、目の前で明太子ちゃんが自転車を停めた。二人乗りで、後ろには妹ちゃんを乗せていた。
「ああ、誰かと思えば、明太子シスターズか」
「明太子シスターズ!?オジさんのネーミングセンス、最低!」と、明太子ちゃんは大喜びだった。妹の方は、姉の背後からチラチラとこちらの様子を窺っていた。
「今日は非番なのか?これから、君たちのスーパーに買い物に行こうと思ってたのに」
「今日、わたしたち、お休みだよ。これから、大型スーパーの偵察に行くの」
「なるほどね。君たちがいないなら、スーパーには行かず、中華屋で麻婆丼を食べて、帰ろうかなぁ」
「そんなこと言わずに買い物に行ってあげてよ。今日はオデンの日だよ」
「じゃあ、あの青白くて、幽霊みたいなオジさんが売り場に立ってるんだな」
「そうなの」
そのとき、妹の方が、明太子ちゃんの肩を突いてから、私の胸元あたりを指差した。
「あっ、カッパだ!」と、明太子ちゃんは笑い出した。
しまった、と慌てて、カッパのシン太郎左衛門を首から外して、エコバッグに放り込もうとしたが、紐が首に絡まって、取れなかった。
「オジさんのファッション、斬新〜!カッパ、可愛い〜!触らせて〜!」と明太子ちゃんが手を伸ばしてきた。
「ダメだ!女子高生が、こんなものに触っちゃダメだ!」
私は真顔で拒絶したが、それを明太子ちゃんは冗談だと受け取って、ますますカッパに触りたがった。
「カッパに触らせて〜!」
「止めてくれ〜!犯罪になってしまう!」
「オジさんのカッパに触る〜!カッパ〜!」
信号が青になったので、私は駆け出した。
「あ〜、オジさん、待て〜!」
全速力で走って、明太子シスターズをまいてしまうと、駅の近くの小さな公園でベンチに座って一息吐いた。
「明太子シスターズにカッパの中身がバレたら、大変なことになっていた」
「うむ。二度と駅前スーパーに出入りが出来なくなるところでござった。いわゆる出禁でござる」
「お前のせいだ」
カッパのシン太郎左衛門を首から外して、エコバッグに投げ入れた。
その後、私は駅前の中華料理屋で半チャンラーメンを食べ、スーパーで夕食のオデンを買って家に帰ったのであるが、坂道を登りながら十年来我が家の米びつは空っぽで、カップ麺もお菓子も先週末食べ切った上に、一昨日封を切っていないケチャップ以外の調味料を冷蔵庫から一掃したことを思い出した。
「犯人は俺自身だったんだ」
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。JR新快速を飛ばして、れもんちゃんに会いに行った。
もう言わなくても分かるだろうが、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一であり、親子共々、ステキな時間に酔い痴れた。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらいながら、
「最近、危険なぐらいボケまくってるんだ。ホントに記憶が怪しくなってきたよ」
「そうなんだね」
「うん、そうなんだよ。クラブロイヤルに来るのは大丈夫だと思うんだけど、帰りが怪しいよ。そのうち帰り道を忘れて、家に帰れなくなるんじゃないかなぁ」
「でも、大丈夫だよ〜」
「どうして大丈夫って分かるの?」
「だって・・・」
「だって?」
「だって・・・れもんのお客さんだから?」
疑問形で返されたので、一瞬戸惑いを感じはしたが、確かに、れもんちゃんのお客さんになってから、いいことがホントに沢山あった。れもんちゃんのリピーター特典の一つとして、「決定的にはボケない」というのがあっても別に変ではないと思った。
「そうだね。れもんちゃんのお客さんだから大丈夫だね」
そう言うと、れもんちゃんは、それはそれは可愛い笑顔で頷いたのであった。
シン太郎左衛門とカッパのぬいぐるみ 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。サムライではないらしい。私は、武士とサムライは同じものだと思っていたが、シン太郎左衛門は、武士とサムライを並べたら違いは一目で分かると言う。一方、モモンガとムササビは名前こそ違うが、同じ動物のオス・メスだとも言う。これらについて、私には言い返すだけの知識がないが、何か騙されている気がする。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。
昼前に目を覚ますと、モコモコパジャマの中で寝言を言っているシン太郎左衛門を揺すって起こし、
「おい、シン太郎左衛門、今日は駅前のスーパーに行かねばならぬ」
シン太郎左衛門は寝ぼけた声で、
「うむ。ご苦労」
「そうではない。お前も来るのだ」
「拙者は、スーパーに用はない。ここに残り、頑張ってお留守番を致しまする」
「留守番は要らん。この家では、元々、呼び鈴が鳴ろうが、電話が鳴ろうが出ない。外出時には一応鍵をかけるが、この家には盗るモノがない。家電は全部壊れかけだし、特にパソコンはそろそろ買い換えたいから早く持って行ってもらいたい。こんな家の留守番なんて無駄の極みだ」
「なるほど。では、拙者は家に残って、泥棒が来たときに、『他のものはともかく、どうかパソコンだけは持って行ってくだされ』とお願いし、『今時こんな低スペックのパソコンなんて要らないよ』と断られたら、『そこを何とか』と食い下がりまする」
「ああ、それはいい考えだ」
「どうにかパソコンを引き取ってもらうことに決まれば、泥棒殿とともに家具一式を運び出す」
「それは助かる。ただ、今日は、一緒に駅前のスーパーに付いて来てもらう必要がある。れもんちゃんの提案で、明太子シスターズの妹の方に遭って、その顚末を記してクチコミとすることになっているからな」
「ああ、そうでござった。しかし、明太子ちゃんの妹は、昨年末に骨折したとのこともあり、今日、売り場に立っているという保証はありますまい」
「いなかったら、しょうがない。そのときは、そのときだ。何にせよ、れもんちゃんとの約束は、命に代えても果たさねばならない」
「うむ。それは、シン太郎左衛門ズの鋼の掟でござる。では、参りましょう」
ということで、適当な外着に着替えて、エコバッグを持って、外に出た。暖かくて、よい天気だった。
駅前のスーパーに到着して、中に入ると、客は疎らで、陽気で軽快な店内ソングは逆に寂しさを際立たせていた。
「シン太郎左衛門、この店、土曜日の昼は、こんなだったっけ?」
「『こんな』と言われても困る。今、外に出てもよろしいか」
「それは困る。ちょっとした犯罪になってしまう。『こんな』というのは、客が少ないように思うという意味だ」
「父上、ご存じなかったか。先日、国道沿いに大型スーパーがオープンしてござる」
「へぇ〜、そうだったんだ。お前、どうして、こんなことを知ってるんだ?」
「新聞の折込広告で読んだ」と、言った後、シン太郎左衛門は新しい大型スーパーの所在地を説明した。
「なるほど、あそこか。我々の家からも車なら15分かからんな。大変に便利だ。でも、俺はペーパードライバーで、車も持ってないからな。ちっとも便利じゃない。そんな店、無いのと一緒だ」
「うむ。我々の暮らしを支えてくれているのは、この駅前スーパーと、同じく駅前の中華屋さん、そして一番大事な福原のクラブロイヤル(れもんちゃん)、この3店舗でござる」
「ホントだよ。どれ一つ欠けても、命に関わるぐらい大切な、無くてはならぬものだ」
そんな話をしながら、店の中を歩いていると、特設コーナーの辺りから明太子ちゃんの声が聞こえてきた。
「あっ、明太子ちゃんの声がする。シン太郎左衛門、やっぱり今日は、明太子ちゃん(姉)の出勤日だったんだ・・・今日は何を売ってるんだろう」と、耳を澄ましてみると、
特製のカラシ蓮根、美味しいよ〜!
シャッキリ、シャキシャキ、素敵な歯応え!
これぞ、ベーリング海の恵み・・・
明太子ちゃんの口上は、別の声に遮られた。
「お姉ちゃん、蓮根は魚じゃないから、ベーリング海では採れないの!」
「あっ、ごめん。また間違えた・・・でも、しょうがないじゃない。昨日まで、カズノコ、売ってたんだもん」
「ちゃんとやってよね!被り物も着けてくれないし」
「だって、この被り物、カラシ蓮根じゃなくて、ライオンみたいなんだもん」
「そりゃ、ライオンの被り物だもん。まだギブスが取れてないし、新しいのを作れる訳ないでしょ」
「何それ?なんで、ライオンの格好して、カラシ蓮根を売らなきゃいけないの?」
特設コーナーで、姉妹は言い争っていた。今日、明太子ちゃんは、カラシ蓮根ちゃんであり、そのカラシ蓮根ちゃんに販売技法を授けているギブスの女の子こそ、明太子シスターズの妹の方に違いなかった。
明太子ちゃんは、ボーッと二人を見ている私の存在に気づいて、
「あっ、オジさん!」と笑顔を浮かべた。
その声につられて振り返りざま、私と目線が合ったギブスちゃんは、慌てて明太子ちゃんの背後に隠れた。そして、姉の肩越しに私の様子を窺っていた。姉は若干ポッチャリ系で、妹はスラッとしていた。
「オジさん、今日、わたし、カラシ蓮根を売ってるの。オジさん、買って〜」と明太子ちゃんは甘えるように言った。
「私は、この年になるまで、一度として、カラシ蓮根なるモノを食べたことがない。食べれるかなぁ」
「大丈夫だよ。熊本の名物なんだって。きっと美味しいよ」
「君自身、食べたことがないのか?」
「ないよ〜。辛いの苦手だもん。『カラシ』って聞いただけで、お腹が痛くなるよ」
「売り場を替えてもらったら?」
「ホントそう。ねえ、カラシ蓮根、買って」
「いいよ」
「三本買って〜!今日はサービスできないけど、お願いします!!」
「ああ、いいよ」と言いながら、値段を見て驚いた。
「カラシ蓮根って、こんなに高いの?」
「でしょ?高いでしょ?ビックリでしょ?ああ、これ、私の妹」と、明太子ちゃんに前に押し出されそうになるのを、ギブスちゃんは姉の腰にしがみついて踏みこたえた。
「時々すごく人見知りになるの。変な子なの」
「人見知りだって、別にいいよ。それよりも、国道沿いに新しいスーパーが出来たんだってね」
「そうなの。すごく大きなスーパー」
「大型スーパーなんかに負けちゃダメだよ。応援してるから、絶対に負けないでね」
「うん。分かった。頑張る」と明太子ちゃんが言うと、ギブスちゃんも「昼のお客さんは少し取られたけど、思ったほどのダメージはなかったよ」
「そうか。シッカリ者の姉妹がいれば、このお店は大丈夫だ。店長に言って、バイト代、上げてもらうんだよ」
「うん。そうする」と二人は微笑んだ。
「それから、売り文句には必ず『れもんちゃんも大絶賛!』の一言を入れるようにね。れもんちゃんマジックで繁盛間違いなしだ。くれぐれも『シン太郎左衛門の大好物』とか言っちゃダメだよ。呪われて、一つも売れなくなるからね」
「うん。分かってるよ」
二人に見送られて、レジに向かった。
ギブスちゃんが人見知りであるように、私は初めて口にするモノに強烈な警戒心を感じてしまう人間だった。
カラシ蓮根は、カゴの中でズッシリと重かった。私の心も重かった。
家に帰ると、隣家の呼び鈴を鳴らして、「あら、お久しぶり」と口調は愛想がいいが目は笑ってない金ちゃんママにカラシ蓮根を全て渡して、それなりに感謝された。「代わりに、普通に食べれるモノを何かくれ」と言って、変な顔をされたが、卵1パックに加えて、ビーフジャーキーを1袋もらった。「名前だけは聞いていたが、これがビーフジャーキーか・・・私は、生まれてこの方、ビーフジャーキーなんて食べたことがない。今更無駄に新しいモノにチャレンジしたくないから、これはお宅でどうにかしてくれ」と言って、金ちゃんママに返した。
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。JR新快速に乗って、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、言うまでもなく宇宙一に宇宙一であり、その素晴らしさは規格外もいいところであった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「昨日、明太子シスターズの妹の方に遭ったよ」
「そうなんだね〜。どんな女の子だったか、クチコミに書いてね」
れもんちゃんの笑顔が眩しかった。
れもんちゃんはホントにホントに素晴らしいのである。
帰りの新快速の中、れもんちゃんの素晴らしさについて、シン太郎左衛門とシミジミと語り合っていたら、感動の涙が自然と溢れ出してきて、最寄り駅で降りて駅前の中華屋で麻婆丼を食べている間も、家に戻って風呂に入ったり歯磨きしたりしてる間も、合計で約4時間半、私たちは感涙にむせび続けたのであった。
れもんちゃんは、それぐらい凄いのである。
シン太郎左衛門、明太子シスターズの妹の方に遭う 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。昨年の暮れには、新年を迎えたら剣術の稽古を再開すると言っていたくせに、今は、そんなことを言った覚えはないと、モコモコパジャマに立て籠もって、練習を拒否している。
前回のクチコミは、あれこれと事情があって、どうにか投稿に漕ぎ着けたのは訪問日からほぼ1週間を経過した土曜日の昼過ぎだった。
ようやく家のパソコンからクチコミの投稿を済ませ、「やっと出来た」と言うと、シン太郎左衛門は、
「うむ。ご苦労」
「最近、クチコミを書く時間が取れなくなった。俺がロクに仕事をしていないのが、職場の連中にバレてしまったようで、次から次へと仕事を押し付けられるようになった」
「とは言いながら、残業は一切しておらん」
「そこは譲れないからな。でも、勤務中にクチコミを考える時間はなくなってしまった。もう長いクチコミは書けない」
「では、短く書きなされ」
「うん。これからは短く書くつもりだ。それに、文章を書く時間が足りないだけでなく、アイデアも枯渇してきたから、前回、れもんちゃんに会ったときに、クチコミのアイデアを10個ほど考えてもらった」
「ほほう。れもんちゃんはどんなネタをくれましたか」
「れもんちゃんは色々と考えてくれたぞ。例えば、劇場版シン太郎左衛門の第二弾として『名探偵コナン』風の推理サスペンスものをサラッと書けばいいと言われた」
「・・・それはサラッと書けるものでござるか」
「そもそも、俺は『名探偵コナン』を一度も見たことがない。どんな風に書いたらよいか想像すらできない」
「・・・じゃあ、ダメじゃん」
「そうなんだ。ダメなんだ」
「・・・れもんちゃんは、ほかに何と仰せでござったか」
「うん。他のネタの例を言えば、俺たち二人がいつもの呪文を唱えて、夢の中、れもん星に行って、あれこれとあった後、目覚ましが鳴らないというハプニングのために、地球に帰れなくなってしまう。財布には小銭しかなく、ヒッチハイクを始めるものの、停まってくれるのは、ラクダに乗った秋野晋作ぐらいで、結局、散々苦労の挙げ句、地球には帰って来れなかったという話だ」
「・・・地球に帰れなければ、クラブロイヤルに行けぬし、れもんちゃんに会えぬ。辻褄が合わぬ故、クチコミとして成立しませぬな」
「そうなんだ。俺も、そう思って、れもんちゃんに指摘したが、『大丈夫だよ〜』と言われた」
「・・・なるほど。れもんちゃんが大丈夫と言うのであれば、大丈夫でござろう・・・父上、もう少しマジメな話はござらぬか」
「ない。れもんちゃんが考えてくれた話は全部フザケてる。というか、俺たちがヒドい目に遭わされる話ばかりだ。俺たち二人が、れもん星の砂漠で石油を掘り当てようとするが熱中症になって、れもん十字病院に運ばれる話。あるいは、俺たち二人が、莫大な投資をして、れもん海でイカの養殖を始めるが、嵐が来て、イカが全て逃げてしまう話・・・」
「父上、我々、れもんちゃんに余り好かれておりませぬな」
「そうなんだよな・・・あっ、そうだ。一つだけ雰囲気が違うのがあった。明太子ちゃんの妹に遭うと言う話だ」
「おお、それなら書きやすそうで、短く纏められそうでござるな」
「ホントだな。この線で少し考えてみるか」
そんな話をした翌日は日曜日。お楽しみのれもんちゃんデー。
JR新快速で、れもんちゃんに会いに行った。もちろん、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらいながら、
「れもんちゃん、今回のクチコミは、前回、考えてもらった『明太子シスターズの妹の方に遭う』をテーマに書くね」と言うと、
れもんちゃんは宇宙一可愛い笑顔で、
「うん、書いて〜。頑張ってね〜」
と言ってくれた。
我々は、全身すっかり、れもんパワーで満たされ、帰りの暗い夜道でもレモンイエローに発光していた。
ところが、翌日の祝日をゴロゴロと過ごすと、さらにその翌日からは出勤、結局、「明太子シスターズの妹の方に遭う話」を書くことができず今日、前回同様、土曜日に至ってしまったのである。
そうして今、これまでの事の経緯を記し、ようやく家のパソコンからクチコミの投稿を済ませ、「やっと出来た」と言うと、シン太郎左衛門は、
「うむ。ご苦労」
と言うのであった。
シン太郎左衛門(「明太子シスターズの妹の方に遭う話」について) 様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。
シン太郎左衛門が、「みなさま、あけましておめでとうございます」と言っている。
年末年始、家から一歩も出ずに過ごすと宣言し、元旦の初詣さえ見送った。
このまま、れもんちゃんに会う5日まで外出はしないつもりだったが、2日の朝、まだ暗いのに、シン太郎左衛門が剣術の稽古を始めた。「やあっ!とおっ!」と言って、割り箸を振り始めたが、まるで気合いが入っていない。単に寝ぼけていただけなのか、30秒程で止めてしまって、再びグーカー寝始めた。時計を見ると、早朝5時1分だった。いきなり起こされた怒りも相まって、私は眠れなくなった。7時を過ぎても眠れなかったので、イライラして布団から出て、ドテラを羽織ると家から出た。
空はドンヨリと曇っていたが、思ったほど寒くなかった。金ちゃんの家も他の家もシ〜ンとしていて、近所一円眠っているようだ。人っ子一人歩いてなかった。
「シン太郎左衛門、久し振りに外に出たから少し散歩をしよう」と言って、シン太郎左衛門をモコモコパジャマから掴み出して、肩に乗せ、丘の公園に向かう坂を登っていった。
丘の上の公園を行き過ぎると、去年、新兵衛(クワガタ)を放した雑木林が視界に入ってきた。シン太郎左衛門に「新兵衛は、元気にやってるかなぁ」と言うと、
「うむ。新兵衛は達者でござる。年賀状が届いておった」
「そうなんだ。俺には誰からも年賀状が来ていなかった」
「父上は寂しい老人でござる。拙者には、新兵衛だけでなく、苦労左衛門、鬼熊安兵衛ほか数十名の武士仲間から年賀状が届いた。クリスマスにはLINEメッセージも来ておった」
「そうなのか・・・ところで、この道は、この先、どこに行くんだろう?」
「拙者に分かるはずがない」
これまでに、この坂道を登ったのは新兵衛を見送った雑木林の付近までだった。その先には、宅地開発の計画が頓挫した、広大な荒れ地があるだけだと聞いていた。雑木林をやり過ごし、更に100メートルほど歩いて行くと、見知らぬ景色が待っていた。
道は舗装されていたが、車の行き違えが困難なほど幅が狭くなっていた。視界にある限りは平坦な道が続いていたが、山脈の麓の斜面に沿って曲がり込み、先は全く見通せなかった。頭上は常緑樹が覆い、分厚い影を落としていた。
「何か変な感じだ。緑のトンネルって感じだな」
「うむ。まるで魔界の入り口のようでござる」
「引き返すか・・・」
「いや、もう少し進んでみましょうぞ」
時々、耳馴染みのない鳥の声が聞こえてくるほかは森閑としていた。見上げても、葉蔭に遮られて、空は殆ど見えない。家を出てから15分ほど歩いても、人にも車にも出会わなかった。
「もう帰ろう。なんで年明け早々から森林浴をしなきゃならんのだ」と引き返しかけたとき、
「父上、あれは!」とシン太郎左衛門が指さす先に目を向けると、一軒の店舗が建っていた。どこか見覚えがある店だった。近寄ってみた。
「これは・・・」
「・・・クラブロイヤルでござる」
「そうだ・・・クラブロイヤルだ」
二人ともしばらく言葉を失った。
「・・・まだ開店しておりませぬな」
「うん。7時半だからな・・・クラブロイヤルって、こんな身近にあったんだ。ウチの裏山じゃないか・・・それなのに毎週、わざわざ新快速で何時間もかけて通ってた」
「徒歩15分で行けるものを、大きく遠回りして、往復2000円以上も電車賃を使って、父上は実に立派な愚か者でござるなぁ」
「これから駅に行って、去年使った電車賃を半分返してくれるように頼もうかなぁ・・・」
こんなくだらない会話の最中に目が覚めた。これが私の初夢だった。
「おい、シン太郎左衛門。起きろ。今年は、ロクな年にならんかもしれん。ここ数年でも、記録的にくだらない初夢を見た」
シン太郎左衛門は、モコモコパジャマのズボンからズルズルと這い出てきて、
「あ、夢でござったか・・・父上の声に起こされた。拙者の初夢も実に不快でござった」
「どんな夢だったの?」
「どんなも、こんなもござらぬ。どこで聞いてきたのか、父上が『オチンを暖めるとインフルエンザに罹らないらしい』と言い出して、嫌がる拙者を貼るタイプのカイロで包もうとする話でござる。『拙者、新年早々、そんな目に遭いたくない。拙者は、ソーセージパンや手巻き寿司の具材ではござらぬ』と叫びながら逃げ回っておった」
「俺は、そんなことはしない。お前の初夢もダメだ。今年も詰まらん1年になるんだろうな・・・もちろん、れもんちゃんに会っている時間は別だ」
「うむ。元々、我々の人生は、れもんちゃんと会っている短い時間だけ光が当たり、後は暗闇の中に沈んでござる」
「まあ、そういうことだな」
「我々、元々、どうしようもない親子でござる」
「ホントだよ。よし、餅でも焼いて食おう」
これが正月2日に起こったことだった。
そして、今日は、日曜日。つまり、新年初れもんちゃんデー。
我々は、今年もやはりJR新快速に乗って、れもんちゃんに会いに行った。そして、素晴らしい時間を過ごさせてもらった。
れもんちゃんは、2025年も元気いっぱいだった。もちろん、れもんちゃんは宇宙一に宇宙一だった。
れもんちゃんと会っているこの時間が、我々にとっての夢、今年の初夢なのであった。
シン太郎左衛門と初夢 様ありがとうございます。
けいさん本日のトップバッターのヒデです。初対面なのに気軽にお話しできて満足です。サービスの方は完全に参りました。近いうちすぐに次は僕の方がサービスして負かせます。期待してください。本当に本日は体も心も癒されました。有難うございました。
竹内様ありがとうございます。
今年1番の姫はじめで、当たりのケイさん、しかも今年1番目で、すんごい美人さん、しかも、今までたずさわってきた姫って、流れ作業的で先が見えて次なにするか、わかっているから面白くないんよな?俺も飛行機とか乗って土浦や、佐賀の嬉野市とかに行くけど、お気に入りが全国飛び回るから、近くて、いいお気に入り見つけたよ。けど福原って写真撮影がないんよな?まあ、美人のケイちゃんならそれもいいよ。
カカロン様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。いよいよ年末だが、だからどうということもない。
会社は、金曜日を年内最終出勤日として、年末年始の休業期間に入った。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。しっかり睡眠を取り、昼近くに目を覚ました。
「シン太郎左衛門、今、世の中はインフルエンザが大流行らしい。明日、れもんに会いに行ったら、翌月曜から土曜まで6日間、家に籠もることに決めた」
「12月30日から年明け1月4日まで、金ちゃんを人質に取って家に立て籠もり、機動隊との緊迫した睨み合いの内に年を越すということでござるな」
「俺がそんなことを言ったのか?」
「うむ。言った」
「そうか。では訂正しよう。金ちゃんだろうが誰だろうが人質は取らない。人知れず、家に籠もって、静かに過ごす。れもんちゃんに会いに行くのでもないのに、インフルやコロナの危険を冒して人混みに飛び込んでいくのは御免だからな」
「うむ。で、その間の食事はいかがなされますか」
「これから大きなリュックを背負って買い出しに行く」
私の答えに、シン太郎左衛門は、したり顔を浮かべて、「ということは、今回のクチコミは、駅前スーパーを舞台にしたものでござるな」
「まあ、そうなる」
軽く御飯を食べると、温かい服に着替え、二重にマスクをして、駅近くのスーパーに出かけた。
いつものスーパーに足を踏み入れると、シン太郎左衛門は、
「今日は明太子ちゃんの出勤日でござろうか」
「どうだろう・・・」
耳を澄ましてみたが、例の呼び込みのセリフは聞こえて来なかった。
「年末だからな。おせち料理やら鏡餅やら、正月アイテムに特設コーナーを横取りされて、明太子ちゃんは非番となったようだ」
「それは寂しいことでござる」
カップ麺や切り餅などをカートに載せた2つのカゴに投げ込みながら、意気揚々とスーパーの通路を進んでいくと、やがて特設コーナーに差し掛かった。
そこには、パック詰めされた数の子が山と積まれ、若い女性の売り子さんがいた。
その子は・・・
「あっ!君は、明太子ちゃんじゃないか!!」
「あっ、オジさん!」
「どうしたんだ?カズノコの被り物などして!」
「今日は、カズノコを売ることになっちゃった・・・」
「どうして、そんなことに・・・君は明太子ちゃんじゃないか!どうして、カズノコを売るんだ!」
「でも、私、昨日までは、鏡餅を売ってたよ。私の担当は、明太子だけって決まってないよ」
「そうだったのか・・・君は、昨日まで頭の上に鏡餅をのせて、鏡餅を売っていたのか・・・」
「頭の上に鏡餅なんて、のせてないよ。そんなの恥ずかしいよ」
「じゃあ、何で今日はカズノコの被り物をしてるんだ?」
「これは・・・これ、妹が作ったの。本当は、今日から妹がカズノコを売る予定だったのに、昨日、自転車でコケて骨折しちゃったの・・・」
「じゃあ、君はピンチヒッターなんだね」
『明太子ちゃん』改め『カズノコちゃん』は、悲しそうに頷くと、
「私、元々、明太子もカズノコも全然好きじゃない。妹が、カズノコの売り文句を考えてくれてなかったから、何て言って売ればいいか、分からないよ」
「そうなのか。よし、任せたまえ。自慢じゃないが、俺はカズノコ好きだ。売り文句を考えてあげるから、メモしたまえ」
「ホントに?」
「うん。いくよ。『美味しいカズノコは、いかがっすか〜。おせちにはカズノコが欠かせない。カズノコは、和の心。是非お買い求めくだされと、シン太郎左衛門も言っている』、こう言って売りなさい」
「分かった」
カズノコちゃんは、メモの内容を復唱して、
「これでいいですか?」
とても「いい」とは思えなかったが、
「とりあえず、それでやっておきなさい。店内で買い物を続けながら、もう少し考えてみる」
カズノコちゃんを後に残して、買い物を再開した。
美味しいカズノコは、いかがっすか〜
おせちにはカズノコが欠かせない
カズノコは、和の心
是非お買い求めくだされと、シン太郎左衛門も言っている
と、カズノコちゃんが恥ずかしそうに、でも精一杯声を出しているのを聞きながら、『これでは、売れないだろうなぁ』と感じた。
10分ほど店内を回って、2つのカゴをいっぱいにして帰ってくると、カズノコちゃんの声が聞こえてきた。売り文句がスッカリ変わっていた。
無漂白カズノコ、美味しいよ〜!
新発売、無漂白カズノコ!カリッとプチプチ、素敵な歯応え!濃厚な旨味が後を引く!
新発売、無漂白カズノコ!これぞ、ベーリング海の恵み!一口サイズのカズノコを是非ご賞味ください!
れもんちゃんの大好物!無漂白のカズノコですよ!是非、お買い求めくださ〜い!
「お〜っ、シン太郎左衛門、聴いたか?カズノコちゃんが頑張ってる。売り文句も進化しているぞ」と言ったものの、このセリフ、なんかどこかで聞いたことがある気がした。
「あっ、そうだ。『大王イカフライ』だ。Cが、まだ俺の周りをウロウロしているようだ。アイツ、いい加減に成仏しろよな」
特設コーナーでは、行き交う客に向かって、カズノコちゃんが元気に呼び込みをやっていた。
「れもんちゃんの大好物!無漂白のカズノコですよ〜!是非、お買い求めくださ〜い!」
年配の婦人が、カズノコのパックを2つカゴに入れながら、「れもんちゃんって、誰?」とカズノコちゃんに訊いていた。
カズノコちゃんは、困った顔で、「それが、よく分からなくて・・・でも、『れもんちゃん』と言うと売れ行きが上がって、『シン太郎左衛門』って言うと売れ行きが落ちるって、さっき教えられて・・・ホントにそうなんです・・・」
カズノコちゃんは、私に気が付くと、
「あっ、オジさん!さっきオジさんが行った後、オジさんの友達っていう人が来て、別の売り文句を教えてくれて、こっちの方が売れるからって」
「ああ、分かってるよ」
「とにかく、『シン太郎左衛門』じゃ絶対に売れないって」
「そうだね。『れもんちゃん』にしたから、売れ行き絶好調だね」
「うん。急に売れ出して、もうじき完売しちゃうよ」
無漂白のカズノコを3パック買うと、1パックおまけしてくれた。
私は、大きなリュックをパンパンにして、さらに両手に大きなエコバッグを下げて、家路を急ぐのであった。
そして、今日は日曜日。年内最終の、れもんちゃんデー。
勇んで、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、やっぱり宇宙一に宇宙一で、今年一年、1日も欠かさず、宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「れもんちゃん、今年最後のお願いしていい?」
「いいよ〜」
「先週凄く忙しくて、今回はクチコミが1行も書けてないし、そもそも、いよいよクチコミのネタがなくっちゃったよ。れもんちゃん、なんかアイデア、くれないかなぁ」
れもんちゃんは、可愛い首を傾げてから「『カズノコちゃん』は、どうかな?」
「『カズノコちゃん』?それって、どんな感じ?」
「カズノコの被り物を着けて、カズノコを売ってる女の子だよ〜」
「カズノコの被り物って、布で作った大きなカズノコを被って、顔だけ出す感じ?」
「そうそう、そんな感じだよ〜」
「それ、頂こう。『明太子ちゃん』のお正月バージョン的な感じで書くね」
「うん。頑張ってね〜」
「いつもピンチのとき、助けてくれてありがとうね」
帰りの電車の中で、このクチコミを書いていると、シン太郎左衛門が話し掛けてきた。
「クチコミを書いてござるか」
「うん。昨日、俺たちはスーパーに買い出しに行ったことになった」
「昨日は夜まで仕事でござった。スーパーに行くのは明日の予定でござる」
「そういう細かい話は気にしなくてよい。重要なのは、来年もまた、れもんに会えるということだ」
「うむ。間違いない。今年も、れもんちゃんのお蔭でよい年でござった」
れもんちゃんとの姫納めを終えた我々の想いは、1週間後に控える、れもんちゃんとの姫初めに向けて、年末の暗い夜空を光の速さで駆け抜けて行くのであった。
シン太郎左衛門(『カズノコちゃん登場』) 様ありがとうございます。
ご本人や業界内でも、アイドル・ロリ路線かと存じますが、カーテンを開けてご本人のお迎えを受けた時、綺麗で可愛い女性という印象を受けました。
随分と色々な店に行きましたが、ハグで迎えて頂いたのは初めてです。プレイは盆と正月とクリスマスが一度にやって来て、更に海を越えてアメリカの独立記念日と感謝祭、ブラジル・リオのカーニバルまでやって来たような、楽しいひと時でした。
Uの字様ありがとうございます。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。来年から、また剣術の稽古に励むことに決めたと言っている。怪しいもんだ。ホントにやる気があれば、今日からすぐ始めるはずだ。
昨日は土曜日。れもんちゃんイブ。親子揃って、終日ゴロゴロと過ごした。
何もしていないのに、お腹は減るので、朝昼兼ねて明太子ご飯を食べ、このままだと夕飯も明太子ご飯になってしまうなぁと考えていると、シン太郎左衛門が話し掛けてきた。
「父上、年の瀬も迫ってござる。年越し準備をいたしましょう」
「年越しの準備って何?」
「注連縄を飾るとか」
「そんなことして楽しいか?」
「餅搗きをするとか」
「一人でやることじゃないよ」
「しかし、こんなふうに終日ゴロゴロしておれば、脳ミソが腐りまする」
「なるほど、そうか。道理でさっきから変な臭いがすると思った。俺の脳ミソが腐りかかってるのだな」
「それは違う。さっき拙者が屁をこいた」
「何だ、お前か」
「うむ。朝から屁が止まらぬ」
「道理で朝から変な臭いがすると思った。れもんちゃんのクチコミの収録中に緊張感が足らんな」
「そう言う父上も朝から数回屁をこいてござる」
「もう、この話は止めよう。れもんちゃんのクチコミにこんな話題は相応しくない」
「うむ」と言いながら、シン太郎左衛門が屁をこいた。
「お前、いい加減にしろ!こんなクチコミがあるか!れもんちゃんに怒られるぞ」
「れもんちゃんは至って気立てがよい。こんなことで腹を立てる娘ではござらぬ」と言いながら、シン太郎左衛門が、また屁をこいた。
「お前、胃腸の病気じゃないか?」
「拙者、胃も腸も持たぬ」
「じゃあ、何のために尻の穴だけは持ってるんだよ」
「屁をこくためでござる」
そんな救いようのない会話をしているうちに、いつの間にか布団の上に居場所を移し、うたた寝をしてしまっていた。
目覚めたら、昼の2時だった。
「まだ、こんな時間か・・・どうせなら日曜日の朝であって欲しかった」
「父上、話をいたしましょう」
「もう屁の話は要らんぞ」
「違いまする。Bという御仁が父上を恨んでいると度々聞いたが、父上、一体どんなことを仕出かしましたか」
「その話はしたくない」
「語れぬような禍々しい事でござるか」
「違う。そんなんじゃない。別に俺は悪い事なんてしていない。完璧な逆恨みだ」
「では話してくだされ」
「屁の話よりは若干マシかもしれんが、大して面白い話ではない。それに、あれこれと前もって説明しなければならないことが多すぎて面倒臭い」
「時間はたっぷりござる。拙者が昼寝を続けている間、一人で喋っておいてくだされ」
「そんな馬鹿みたいなこと、できるか!」
「まあよい。ささ、『なぜ父上はBに恨まれているか』を語ってくだされ」
「よし。では、ダイジェスト版でお届けしよう」
「うむ」と、シン太郎左衛門は枕を引き寄せて、布団を引き被った。
「お前、寝る気満々じゃないか」
「聞くに堪えぬ退屈な話でござる」
「まだ話してない!」
それは、40年ほど前、私が大学に入学した直後のことだった。キャンパスの近くを歩いていると、学ランを着た、見た目40歳を超える、酒臭い人物が近寄ってきて・・・
「それがK先輩で、そのままK先輩が主宰する部活のメンバーにされてしまった。そのクラブの新歓コンパで・・・」
「そのクラブは、何部でござるか」
「知らん。1年在籍していたが、最後まで分からんかった。そういう細部に拘ると、1日かけても話し終わらないから、無視してくれ」
「うむ」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「新歓コンパは、K先輩が不法占拠していた茶道部の部室で開かれた。ボロボロの畳が敷かれた和室の真ん中に、どこかで拾ってきたと思われるチャブ台が置かれていた。K先輩のほかに、影の薄い先輩が3、4人いて、全員ベロンベロンに酔っていた。新入生はABCと俺の4人。狭い部屋に男ばかりだ」
「この話、やはり聞くに堪えませぬな」
「うん。K先輩が俺たち4人に『新入生、一人一芸やってみろ』と言った。俺はABCとは、その日が初対面だったから、どういう連中なのか全然分からんかった。すると、最初にAが『では、自分は面白い話をします』と、彼の出身高校の名物教師の話をした。Aは話が上手いから、みんな、腹を抱えて笑った。どんな話だったかは思い出せん。Aはホラ吹きだから、ウソに決まってるしな」
「Aは、くだらんヤツでござる」
「うん。で、Aが話し終わると、Cがニコニコしながら手を上げた」
「先日会った、無口な御仁でござるな」
「そうだ。K先輩に『次はお前か?何をする』って訊かれても、何も言わない。ニコニコしながら、大きな鞄からビーカーやらアルコールランプやら理科実験の道具を取り出して、チャブ台の上に並べた。その次に、やっぱりニコニコしながら、無色透明の液体が入った、小さな蓋付き瓶をズラッと並べると、黙ってニコニコしている」
「うむ」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「若い頃のCはホントに凄い美少年だった。歴史上の人物で言うと、森蘭丸みたいなモンだ。それまで爽やかにニコニコしていた18歳の美少年が、急にキリッとした顔になり白衣を纏うと、真剣な面持ちでビーカーに無色透明の2種類の液体を注いだ。透明の液体が混ざると、さ〜っと赤くなった」
「うむ」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「続けて、次のビーカーに別の液体を組み合わせて注ぐと、今度はオレンジ色になった。次々と同じことを繰り返して、虹の七色の液体が並ぶと、Cは無言のまま『どうです、凄いでしょ。心ゆくまで御覧ください』という感じで両手を拡げて、得意げにニコニコしていた」
「それは感心するほどのことでござるか」
「分からん。そこにいたC以外の誰も化学に詳しくなかったから、皆ポカンとしてしまっていた。気まずい沈黙を破るようにK先輩が『分かった。次に行こう』と言ったが、Cは『次の実験をやってくれ』と解釈したのか、アルコールランプに火を点けて、真剣な表情で金属片を翳した。炎が真っ赤になった。別の金属片を翳すと、鮮やかなオレンジ色になった。そうやって、我々は望みもしないのに、虹の七色の炎を順番に見せられた。Cはやっぱり得意満面で、さも凄いことをやり遂げたかのように両手を拡げてニコニコしていた」
「Cは空気が読めぬ御仁でござる」
「そうなんだ。K先輩は呆れて、Cに『お前はもういい』と言って、Bに『次は、お前、なんかやれ』と言った。指名されたBがスクッと立ち上がると、身長2メートルの無表情な男が発する威圧感にみんな圧倒された。Bはボソッと『怖い話をする』と言ったが、その隣ではCがまだ理科実験を続けていて、またビーカーを7つ並べて、それぞれに無色透明の液体を入れていった」
「ニコニコしてござったか」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「当然だ。Cは一人だけ楽しそうだった。Bが無表情でボソボソと話し始めたが、何を言っているか、まるで聞き取れん。そのうち、Cは真剣な表情になり、ビーカーの液体に、それぞれ違う固形物を入れていった。モクモクと七色の煙が立ち昇った。虹色の煙の中で、ノメッとして表情のない大男がボソボソと訳の分からんことを喋ってる。それは、とっても気持ち悪い光景だった。K先輩は『お前、気持ち悪い!もういい。座れ!』とBを怒鳴りつけて座らせると、俺の方を向いて『お前は大丈夫だろうな?』と訊いたらしい」
「・・・『らしい』とは、どういうことでござるか」
「記憶がない。後で、Aから聞かされた」
「記憶がないとは、どういうことでござるか」
「Cが発生させたガスが有毒だったんだと思う。俺は急にメチャメチャ気分がハイになっていくのを感じたが、そこから先、何が起きたか、まったく覚えていない。Aが言うには、俺はスクッと立ち上がって、『僕も怖い話をします』と宣言して、当時流行っていた『口裂け女』の話を始めたらしい」
「マスクを着けた女の都市伝説でござるな」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「うん。ただ、そのとき俺が語ったのは、巷で流布されているモノとは全く違う展開で、Cを除いた全員がパニックに陥るほど怖い話だったらしい。壁際まで後ずさりしたK先輩は涙目になって『お前、いい加減にしろ!こんな怖い話をする馬鹿があるか!』って怒ったらしい。でも、俺は『止める訳にはいかないな。最後まで話してやるから、黙って聴け!お前ら全員、呪い殺す!』と、恐ろしい形相で応じたらしい。それで、俺は先輩たちに押さえ付けられて、タオルで口を塞がれたとのことだ。その間、Aはヘラヘラ笑っていて、Bは茫然自失としていて、Cはニコニコしながら理科実験の後片付けをしていたらしい。これが、Bが俺を恨んでいる理由だ」
「・・・まるで分からぬ」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「だろうな。説明してやる。Bは子供の頃から怪談好きで、怪談を語れば自分の右に出る者はいないと思い込んでいた。数学や外国語の天才である以上に、怪談師としての誇りを持っていた。そのプライドが、俺の『口裂け女』によってズタズタにされたらしい。そうAが言っていた」
「Aの言うことなど当てにならぬ」
「まあな。でも本当に怖い話だったらしい。K先輩も、その後しばらく俺の顔を見ると、話の続きを始めるんじゃないかと、ビクビクしてた。我々の間では『伝説の怪談』だ。話した当人には全く記憶がないがな」
「ところで、『伝説』と言えば、れもんちゃんでござるな」
「そうだ。れもんちゃんは、現役バリバリの、人を幸せにする『伝説』だ。それはそれは貴いよ。オマケだが、Bは怪談好きのくせに根っからの怖がりで、その日以降、数ヶ月、独りぼっちの下宿に戻ることが出来なくなって、AやCの所で世話になってたらしい。その後もマスクを着けた人を見ると、居ても立ってもおれず、逃げ出すようになったという事だ」
「それは、いわゆる『リラックマ』・・・いや、『トラウマ』というものでござるな」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「そうだ。それが、この前の新型コロナ騒ぎだろ。街中、老若男女を問わず、全員マスク着用だ。Bは怖くて家から出られなくなって、仕事を辞めたらしい」
「それはAの作り話でござろう」
「いや。B自身の手紙に書いてあった。『俺は、お前を許さない』と書いてあった。ただ追伸として『ところで、あの口裂け女の話、最後がどうなるのか気になってしょうがない。よかったら書いて送ってほしい』とあった」
「Bは、確かに変なヤツでござる」
「とにかく、俺にはBに恨まれる理由がない」
「うむ。悪いのはCでござる。Cは毒ガス野郎でござる」と言いながら、シン太郎左衛門は屁をこいた。
「いい加減にしろ!毒ガス野郎は、お前だ!人が話してる間、ずっとプスプス屁をこき続けやがって」
「うむ。今回のクチコミは、実に下品で、くだらぬ。れもんちゃんは宇宙一に宇宙一の麗人でござるぞ。こんな下品でくだらぬクチコミを投稿するわけにはいかぬ。削除いたしましょう」
「こんなに長々書いて、今更消せるか!全部お前のせいだ!」
ということで、今回、とんでもなくヒドいクチコミが出来上がってしまった。
そして、今日は日曜日、れもんちゃんデー。このクチコミは最低だが、れもんは、そんなことお構い無しに宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらいながら、
「ゴメンね。今回のクチコミは、ヒドいんだ」
「そうなんだね。でも大丈夫だよ〜」
「くだらないし、下品だし」
「うん。でも大丈夫だよ〜」
れもんちゃんの笑顔には、極寒のシベリアの吹雪さえ、爽やかな春風に変える力がある。クチコミのことなど、どうでもよくなってしまった。
我々親子は、こういう次第で、クリスマス・シーズンも、なくてはならぬのは、やっぱり、れもんちゃんなのだ、と改めて痛感したのであった。
シン太郎左衛門と下品な話 様ありがとうございます。