口コミ│神戸・福原 ソープランド Club Royal (クラブロイヤル)
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れもん【VIP】(23)
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投稿者:シン太郎左衛門とラスボスの誤配(あるいは「海を見ていた午後」) 様
ご来店日 2024年12月06日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。暑いときにはグッタリしていて、寒くなると動かなくなる、まるで頼りにならない武士だった。
水曜日の夜、忘年会でAに会った。
学生時代の知り合い5人が、お互い棺桶に片足を突っ込んでいることをしみじみ確認し合うような寂しい集まりの後、Aに誘われて、二人だけで喫茶店に寄った。
その日のAは、いつになく饒舌だった。
さっきまで一緒にいた連中について、一頻り悪口を言った後、Aはコートのポケットから煙草の箱を出しながら、「Cを覚える?」
「覚えてるさ。Cの下宿には、よく遊びに行った。あいつは全然喋らないから、カセットプレーヤーで音楽流して、一緒に聴いてただけだけど。俳優になれるような美男子だった」
「で、実際どんな顔だったか思い出せる?」
「全く思い出せん」
「そうなんだよな。誰一人思い出せないんだ。C、死んだぜ」
「そうなんだ」
「悲しいか?」
「いや、全く悲しくない」
「そうなんだよな。誰一人悲しまないんだ。Cの葬式に行ってきた」
「いつ?」
「11月の20日過ぎ。奥さんも全然悲しんでなかった。参列者の誰も悲しんでなかった。故人を偲ぶにも、誰もCの記憶が殆どないんだ。とても変な葬式だった」
「俺は葬儀に呼ばれんかった」
「知ってる。Cの奥さんから聞いた。Cが『声を掛けたら葬儀に来るヤツ』『呼んでも来ないヤツ』のリストを残していて、お前は『呼んでも絶対に来ないヤツ』の中にいたそうだ。別枠で『絶対に呼んじゃいけないヤツ』として、BとK先輩の名前があったらしい」
「当たり前だ。何を仕出かすか分からん奴らだ」
『昭和』を思わす、古びた喫茶店には、我々二人以外に客がいなかった。Aは煙草をくわえ、火をつけると、「C自身も薄気味が悪いヤツだったけどな。全然何も喋んないし」
「うん・・・でも、Cはホントに毒ガスや爆弾を作ってたんだろうか?」
Cは我々が通っていた大学の理学部化学科設立以来の大秀才と言われていたが、常に危険人物扱いされていた。
「分からん。結局、根も葉もない噂だったのかも知れない」
「でも、その噂のせいで、Cは半年に一度は下宿を追われ、文句一つ言うでもなく、淡々と引っ越しを繰り返していた」
「どこに行っても、決まって変な噂が立つって、あれは何だったんだろう」と、Aは煙草の煙を吐いた。
学生時代からAはタチの悪い悪戯の常習犯で、私はずっとAが噂の火元ではないかと疑っていた。しかし、その疑いにも大した根拠はなかった。
Aは、また煙を吐くと、「ところで、今、BはK先輩のところに居候してるらしい」
私はAに向かって煙を吹き返すと、「ああ、うすうす察してた」
Aは少し驚いた様子で、「なんで?」
「なんとなく」と答えた。まさか、れもん星の大王カフェ七号店で、二人が並んで写ってる写真を見たから、とは言えなかった。
「徳島県の僻地で、二人で自給自足の生活してるって、この前、K先輩から来た手紙に書いてあった」
「そうなんだ」
「それが変な手紙でさ。『ご依頼により、一筆啓上仕り候』で始まるんだ。俺、頼んでねえし、と不思議に思いながら読んだ」
「待て待て、それは・・・ゴメン、続けてくれ」
「どうでもいい話が延々と続くから、最後まで読まずに捨てた」
「そうなんだ・・・」
やっぱり馬鹿だった。K先輩は、私に送るべき手紙をAに送ったのだ。
「中身、覚えてる?」
「つまらん思い出話ばかりだったな。あっ、そうだ。Bが今でもお前のことを恨んでるってさ」
「その話はいいわ」
「手紙が届いて数日後、K先輩から電話があって、早くバイト代を送れとか訳の分からんことを言ってきたから、サッサと切った」
もう何も言う気にならなかった。
帰りの電車の中、私はシン太郎左衛門に、「我々のラスボスは、違う人間のところに誤配されて、呆気なく蹴散らされてしまった」
「なんと。それは情けない話でござる」
「まあ、別にいいんだけどね」
「うむ。結局、れもんちゃんさえいれば、我々は困らぬ。れもん星に行ったり、金ちゃんたちを登場させたりすれば、『シン太郎左衛門』シリーズの10回や20回は簡単に出来まする」
書くのは俺だぞ、と言い返したくなったが、黙っていた。何故か気持ちが沈んでいた。
帰宅後、さっさと寝ることにした。何故か、れもん星に行かねばならない気持ちになっていた。
「シン太郎左衛門、俺はこれかられもん星に行く。お前も来るか?」
「お供いたしましょう」
布団に入ると、電気を消して、二人で、「キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん」と、夢でれもん星に行く呪文を10回唱えた。すると・・・
いきなり目の前に青い空が広がった。
オシャレで落ち着いた街並みに、「あっ!ここは、見覚えがござる」と肩の上のシン太郎左衛門が声を上げた。
我々が着いたのは、れもんちゃんのパパが経営する大王カフェ七号店の前だった。
「なんと!これは嬉しい!父上、また大王カフェに来れましたぞ」
大王カフェ七号店は、海を見渡せる高台の上に立つ、瀟洒で愛らしい、小さなお店だった。
「・・・そうでござったか。気が付かなんだが、守護霊殿も一緒に来られたものと思われまする」
「なるほどね。我々のような徳の低い奴が度々来れる場所ではないからな」
シン太郎左衛門は「守護霊殿、ありがたき幸せ。御礼申し上げまする」と、どこにいるのか分からない守護霊さんに当てずっぽうで御礼を言っていた。
カフェの入り口には、例によって小さな黒板がイーゼルに置かれていた。赤白青のチョークで、
「新メニュー 大王イカフライ!!
れもんちゃんも大絶賛!!
美味しいよ〜」
と書かれていた。
ドアを開けると、小さなカウベルが軽やかに鳴った。
いつもクラブロイヤルの入り口で気持ち良く迎えてくれるスタッフさんにそっくりなれもん星人さんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と言って、我々を海の見える窓際の席に案内してくれた。
「守護霊殿が席を予約してくれていたものと思われまする。いや〜、それにしても絶景でござるなぁ」
水平線までコバルトブルーの海が広がり、遠くに白い客船が浮かんでいた。近くには、白いモモンガの群れが飛び交っていた。
スタッフさんは、カトラリーの小籠とお冷を運んで来て、「ご注文は、大王イカフライとグラスの大王白ワインを3名様分でございますね」
シン太郎左衛門が私の方を見て、「守護霊殿が注文まで済ませてくれてござるな」
「うん」とだけ答えた。
やがて料理が運ばれてきた。一口サイズのイカのフライが、可愛いお皿に、こんもりと盛られて、ホカホカと湯気を立て、甘い香りを漂わせていた。
シン太郎左衛門は、「父上、我々がここに居ては、守護霊殿が食べにくい。トイレに行きましょう」
私は、テーブルの上からシン太郎左衛門を肩に乗せ、席を立った。
別にトイレに行きたい訳ではなかったので、店の奥でスタッフさんをつかまえて、「今日も、れもん大王さんは本店なの?」と尋ねた。
「いいえ。今日は、こちらに来られてますが、発売以来、大王イカフライの注文が殺到しておりまして、れもん女王さまから『もっと沢山イカちゃんを捕って来なきゃダメだよ〜』と怒られて、泣く泣く漁に出かけておられます」
「・・・れもん女王さまはシッカリ者みたいだね」
「それはもう。大王さまは、美味しいものを作って、みんなに喜んでもらったら、それで満足される御方ですから、女王さまがいないと大変なことになります」
「なるほどね」
れもん女王さま、つまり、れもんちゃんのママに会いたいのは山々だったが、仕事の邪魔はしたくなかった。
テーブルに戻ると、私の向かい席には半身をよじって窓の外を見ている男がいた。
シン太郎左衛門は憤然と、「なんと!無礼な者が、守護霊殿の席に座っておりまする」
「いや、守護霊さんは今日は来ていない。そこには、最初から、こいつが座っていたんだ」
シン太郎左衛門は事態が飲み込めていなかった。
「こいつはC、俺の学生時代からの知り合いだ」
私が席に座った後も、Cはじっと海を見ていた。その横顔は、若々しさを失っていたが、ギリシャ彫刻のように整っていた。学生時代、下宿の部屋の窓から寂れた裏通りをボンヤリ眺めていたCの姿が脳裏に蘇った。
「お前、友達甲斐のないヤツだな。葬式ぐらい呼べよ。行ってやったのに」と言うと、Cは徐ろに向き直り、皮肉な笑みを浮かべた。
私は苦笑いを浮かべて、「・・・そうだな。お前の見込みどおり、行かなかったかもしれない」
Cは、皿に視線を落として、イカフライを一つ口に運んだ。
私はCの向こう、コバルトブルーの海を見ながら、「そう言えば、松任谷由実の『海を見ていた午後』を初めて聴いたのは、お前の下宿だった」
Cは小さく頷いた。
「あの頃から全然変わらんな。相変わらず、お前の無口は度を過ごしてる。いつも俺ばかりに話させやがって。お前も、なんか喋れよ」
Cは微かに微笑んだ。そして、「大王イカフライ、美味しいよ〜」
「・・・俺の記憶が正しかったら、お前の声を聞くのは、これが初めてだよ。それが、まさかこんなセリフだったとはな」
俳優並みの美男子はCM向きの微笑みを浮かべ、
「新メニュー『大王イカフライ』!カリッとサクサク!!ジューシーな甘みが後を引く!!」
「どうしたんだ、お前?」
「新メニュー『大王イカフライ』!これぞ、れもん海の恵み!一口サイズの極上イカを是非ご賞味ください!」
「言われなくても、これから食べるよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!イカフライを超えたイカフライ!!これは、もうイカフライではない!!」
「いや、どう見てもイカフライだろ」
「新メニュー『大王イカフライ』!大王ちゃんの秘伝のレシピ!!これは、もうイカフライではない!!」
「お前、くどいよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!!ビールもワインも止まらない!!」
「さっき少し感動しかけてたのを後悔してるよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!!税込9500円!!」
「高いよ!」
「ご一緒に大王ポテトフライはいかがですか?」
「要らないよ。揚げ物ばっかり食えねえよ」
「では、メニューをお持ちしましょうか?」
「お前、もう喋んなくていいよ」
Cは黙って、苦笑いを浮かべ、そして、イカフライを口に運んだ。
私も大王イカフライを食べてみた。れもんちゃんが絶賛するだけのことはあった。
「これは美味い!」
Cは笑顔を浮かべて頷いた。「ホントは、税込1200円だよ」
「それなら安い」
二人は無言で食べ進め、すっかり完食した。
Cは、もういなかった。
私は、凪いだれもん海を見ていた。
「C殿は最後に会いに来てくれたのでござるな」
「ああ」
「きっと、れもんちゃんの計らいでござろう」
「そうだ。俺の人生に起こるいい事は全て、れもんちゃんのお蔭だからな」
「うむ」
そのとき、静かなピアノの音色が聞こえてきた。振り向くと、『ひみつのアッコちゃん』のお面を被った女性がアップライト・ピアノに向かい「海を見ていた午後」のイントロを優しいタッチで奏でていた。
これも、れもんちゃんの計らいなのだろう、そう感じていると、れもん女王さんの見事なピアノ演奏をバックに、マイクを手にして現れたのは、いつもクラブロイヤルの入り口で迎えてくれる愛想のよいスタッフさんにソックリのれもん星人だった。
思わず「お前が歌うんか〜い!」と言ってしまった。
この店にくるたび
あなたを思い出す・・・
スタッフさんは、かなりの音痴だった。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる私に、シン太郎左衛門が、
「最後のこれは余計でござったな」
「うん。ここは、何が何でも、れもんちゃんに歌ってほしかった。なんなら他の曲でもよかった」
そして、今日は金曜日だが、都合により、れもんちゃんデー。れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、今日も元気に、宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「あっ、そうだ。友達と大王カフェで大王イカフライを食べたよ」
「そうなんだね。パパの作るイカフライは美味しいよ〜。れもんも大好きだよ〜」
「本当に美味しかったよ。それと、『シン太郎左衛門』のラスボスが手違いで他所に送られて、何もしないうちに退治されてしまったよ」
「そうなんだね。それじゃあ、れもんが、ラスボスやってあげるよ〜」
「それは光栄だけど・・・」
それは無茶な話だった。れもんちゃんに勝てるわけがない。れもんちゃんは、あらゆる面で宇宙一無敵だった。
シン太郎左衛門とラスボスの誤配(あるいは「海を見ていた午後」) 様ありがとうございました。
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投稿者:シン太郎左衛門とラスボスの誤配(あるいは「海を見ていた午後」) 様
ご来店日 2024年12月06日
水曜日の夜、忘年会でAに会った。
学生時代の知り合い5人が、お互い棺桶に片足を突っ込んでいることをしみじみ確認し合うような寂しい集まりの後、Aに誘われて、二人だけで喫茶店に寄った。
その日のAは、いつになく饒舌だった。
さっきまで一緒にいた連中について、一頻り悪口を言った後、Aはコートのポケットから煙草の箱を出しながら、「Cを覚える?」
「覚えてるさ。Cの下宿には、よく遊びに行った。あいつは全然喋らないから、カセットプレーヤーで音楽流して、一緒に聴いてただけだけど。俳優になれるような美男子だった」
「で、実際どんな顔だったか思い出せる?」
「全く思い出せん」
「そうなんだよな。誰一人思い出せないんだ。C、死んだぜ」
「そうなんだ」
「悲しいか?」
「いや、全く悲しくない」
「そうなんだよな。誰一人悲しまないんだ。Cの葬式に行ってきた」
「いつ?」
「11月の20日過ぎ。奥さんも全然悲しんでなかった。参列者の誰も悲しんでなかった。故人を偲ぶにも、誰もCの記憶が殆どないんだ。とても変な葬式だった」
「俺は葬儀に呼ばれんかった」
「知ってる。Cの奥さんから聞いた。Cが『声を掛けたら葬儀に来るヤツ』『呼んでも来ないヤツ』のリストを残していて、お前は『呼んでも絶対に来ないヤツ』の中にいたそうだ。別枠で『絶対に呼んじゃいけないヤツ』として、BとK先輩の名前があったらしい」
「当たり前だ。何を仕出かすか分からん奴らだ」
『昭和』を思わす、古びた喫茶店には、我々二人以外に客がいなかった。Aは煙草をくわえ、火をつけると、「C自身も薄気味が悪いヤツだったけどな。全然何も喋んないし」
「うん・・・でも、Cはホントに毒ガスや爆弾を作ってたんだろうか?」
Cは我々が通っていた大学の理学部化学科設立以来の大秀才と言われていたが、常に危険人物扱いされていた。
「分からん。結局、根も葉もない噂だったのかも知れない」
「でも、その噂のせいで、Cは半年に一度は下宿を追われ、文句一つ言うでもなく、淡々と引っ越しを繰り返していた」
「どこに行っても、決まって変な噂が立つって、あれは何だったんだろう」と、Aは煙草の煙を吐いた。
学生時代からAはタチの悪い悪戯の常習犯で、私はずっとAが噂の火元ではないかと疑っていた。しかし、その疑いにも大した根拠はなかった。
Aは、また煙を吐くと、「ところで、今、BはK先輩のところに居候してるらしい」
私はAに向かって煙を吹き返すと、「ああ、うすうす察してた」
Aは少し驚いた様子で、「なんで?」
「なんとなく」と答えた。まさか、れもん星の大王カフェ七号店で、二人が並んで写ってる写真を見たから、とは言えなかった。
「徳島県の僻地で、二人で自給自足の生活してるって、この前、K先輩から来た手紙に書いてあった」
「そうなんだ」
「それが変な手紙でさ。『ご依頼により、一筆啓上仕り候』で始まるんだ。俺、頼んでねえし、と不思議に思いながら読んだ」
「待て待て、それは・・・ゴメン、続けてくれ」
「どうでもいい話が延々と続くから、最後まで読まずに捨てた」
「そうなんだ・・・」
やっぱり馬鹿だった。K先輩は、私に送るべき手紙をAに送ったのだ。
「中身、覚えてる?」
「つまらん思い出話ばかりだったな。あっ、そうだ。Bが今でもお前のことを恨んでるってさ」
「その話はいいわ」
「手紙が届いて数日後、K先輩から電話があって、早くバイト代を送れとか訳の分からんことを言ってきたから、サッサと切った」
もう何も言う気にならなかった。
帰りの電車の中、私はシン太郎左衛門に、「我々のラスボスは、違う人間のところに誤配されて、呆気なく蹴散らされてしまった」
「なんと。それは情けない話でござる」
「まあ、別にいいんだけどね」
「うむ。結局、れもんちゃんさえいれば、我々は困らぬ。れもん星に行ったり、金ちゃんたちを登場させたりすれば、『シン太郎左衛門』シリーズの10回や20回は簡単に出来まする」
書くのは俺だぞ、と言い返したくなったが、黙っていた。何故か気持ちが沈んでいた。
帰宅後、さっさと寝ることにした。何故か、れもん星に行かねばならない気持ちになっていた。
「シン太郎左衛門、俺はこれかられもん星に行く。お前も来るか?」
「お供いたしましょう」
布団に入ると、電気を消して、二人で、「キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん」と、夢でれもん星に行く呪文を10回唱えた。すると・・・
いきなり目の前に青い空が広がった。
オシャレで落ち着いた街並みに、「あっ!ここは、見覚えがござる」と肩の上のシン太郎左衛門が声を上げた。
我々が着いたのは、れもんちゃんのパパが経営する大王カフェ七号店の前だった。
「なんと!これは嬉しい!父上、また大王カフェに来れましたぞ」
大王カフェ七号店は、海を見渡せる高台の上に立つ、瀟洒で愛らしい、小さなお店だった。
「・・・そうでござったか。気が付かなんだが、守護霊殿も一緒に来られたものと思われまする」
「なるほどね。我々のような徳の低い奴が度々来れる場所ではないからな」
シン太郎左衛門は「守護霊殿、ありがたき幸せ。御礼申し上げまする」と、どこにいるのか分からない守護霊さんに当てずっぽうで御礼を言っていた。
カフェの入り口には、例によって小さな黒板がイーゼルに置かれていた。赤白青のチョークで、
「新メニュー 大王イカフライ!!
れもんちゃんも大絶賛!!
美味しいよ〜」
と書かれていた。
ドアを開けると、小さなカウベルが軽やかに鳴った。
いつもクラブロイヤルの入り口で気持ち良く迎えてくれるスタッフさんにそっくりなれもん星人さんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と言って、我々を海の見える窓際の席に案内してくれた。
「守護霊殿が席を予約してくれていたものと思われまする。いや〜、それにしても絶景でござるなぁ」
水平線までコバルトブルーの海が広がり、遠くに白い客船が浮かんでいた。近くには、白いモモンガの群れが飛び交っていた。
スタッフさんは、カトラリーの小籠とお冷を運んで来て、「ご注文は、大王イカフライとグラスの大王白ワインを3名様分でございますね」
シン太郎左衛門が私の方を見て、「守護霊殿が注文まで済ませてくれてござるな」
「うん」とだけ答えた。
やがて料理が運ばれてきた。一口サイズのイカのフライが、可愛いお皿に、こんもりと盛られて、ホカホカと湯気を立て、甘い香りを漂わせていた。
シン太郎左衛門は、「父上、我々がここに居ては、守護霊殿が食べにくい。トイレに行きましょう」
私は、テーブルの上からシン太郎左衛門を肩に乗せ、席を立った。
別にトイレに行きたい訳ではなかったので、店の奥でスタッフさんをつかまえて、「今日も、れもん大王さんは本店なの?」と尋ねた。
「いいえ。今日は、こちらに来られてますが、発売以来、大王イカフライの注文が殺到しておりまして、れもん女王さまから『もっと沢山イカちゃんを捕って来なきゃダメだよ〜』と怒られて、泣く泣く漁に出かけておられます」
「・・・れもん女王さまはシッカリ者みたいだね」
「それはもう。大王さまは、美味しいものを作って、みんなに喜んでもらったら、それで満足される御方ですから、女王さまがいないと大変なことになります」
「なるほどね」
れもん女王さま、つまり、れもんちゃんのママに会いたいのは山々だったが、仕事の邪魔はしたくなかった。
テーブルに戻ると、私の向かい席には半身をよじって窓の外を見ている男がいた。
シン太郎左衛門は憤然と、「なんと!無礼な者が、守護霊殿の席に座っておりまする」
「いや、守護霊さんは今日は来ていない。そこには、最初から、こいつが座っていたんだ」
シン太郎左衛門は事態が飲み込めていなかった。
「こいつはC、俺の学生時代からの知り合いだ」
私が席に座った後も、Cはじっと海を見ていた。その横顔は、若々しさを失っていたが、ギリシャ彫刻のように整っていた。学生時代、下宿の部屋の窓から寂れた裏通りをボンヤリ眺めていたCの姿が脳裏に蘇った。
「お前、友達甲斐のないヤツだな。葬式ぐらい呼べよ。行ってやったのに」と言うと、Cは徐ろに向き直り、皮肉な笑みを浮かべた。
私は苦笑いを浮かべて、「・・・そうだな。お前の見込みどおり、行かなかったかもしれない」
Cは、皿に視線を落として、イカフライを一つ口に運んだ。
私はCの向こう、コバルトブルーの海を見ながら、「そう言えば、松任谷由実の『海を見ていた午後』を初めて聴いたのは、お前の下宿だった」
Cは小さく頷いた。
「あの頃から全然変わらんな。相変わらず、お前の無口は度を過ごしてる。いつも俺ばかりに話させやがって。お前も、なんか喋れよ」
Cは微かに微笑んだ。そして、「大王イカフライ、美味しいよ〜」
「・・・俺の記憶が正しかったら、お前の声を聞くのは、これが初めてだよ。それが、まさかこんなセリフだったとはな」
俳優並みの美男子はCM向きの微笑みを浮かべ、
「新メニュー『大王イカフライ』!カリッとサクサク!!ジューシーな甘みが後を引く!!」
「どうしたんだ、お前?」
「新メニュー『大王イカフライ』!これぞ、れもん海の恵み!一口サイズの極上イカを是非ご賞味ください!」
「言われなくても、これから食べるよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!イカフライを超えたイカフライ!!これは、もうイカフライではない!!」
「いや、どう見てもイカフライだろ」
「新メニュー『大王イカフライ』!大王ちゃんの秘伝のレシピ!!これは、もうイカフライではない!!」
「お前、くどいよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!!ビールもワインも止まらない!!」
「さっき少し感動しかけてたのを後悔してるよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!!税込9500円!!」
「高いよ!」
「ご一緒に大王ポテトフライはいかがですか?」
「要らないよ。揚げ物ばっかり食えねえよ」
「では、メニューをお持ちしましょうか?」
「お前、もう喋んなくていいよ」
Cは黙って、苦笑いを浮かべ、そして、イカフライを口に運んだ。
私も大王イカフライを食べてみた。れもんちゃんが絶賛するだけのことはあった。
「これは美味い!」
Cは笑顔を浮かべて頷いた。「ホントは、税込1200円だよ」
「それなら安い」
二人は無言で食べ進め、すっかり完食した。
Cは、もういなかった。
私は、凪いだれもん海を見ていた。
「C殿は最後に会いに来てくれたのでござるな」
「ああ」
「きっと、れもんちゃんの計らいでござろう」
「そうだ。俺の人生に起こるいい事は全て、れもんちゃんのお蔭だからな」
「うむ」
そのとき、静かなピアノの音色が聞こえてきた。振り向くと、『ひみつのアッコちゃん』のお面を被った女性がアップライト・ピアノに向かい「海を見ていた午後」のイントロを優しいタッチで奏でていた。
これも、れもんちゃんの計らいなのだろう、そう感じていると、れもん女王さんの見事なピアノ演奏をバックに、マイクを手にして現れたのは、いつもクラブロイヤルの入り口で迎えてくれる愛想のよいスタッフさんにソックリのれもん星人だった。
思わず「お前が歌うんか〜い!」と言ってしまった。
この店にくるたび
あなたを思い出す・・・
スタッフさんは、かなりの音痴だった。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる私に、シン太郎左衛門が、
「最後のこれは余計でござったな」
「うん。ここは、何が何でも、れもんちゃんに歌ってほしかった。なんなら他の曲でもよかった」
そして、今日は金曜日だが、都合により、れもんちゃんデー。れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、今日も元気に、宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「あっ、そうだ。友達と大王カフェで大王イカフライを食べたよ」
「そうなんだね。パパの作るイカフライは美味しいよ〜。れもんも大好きだよ〜」
「本当に美味しかったよ。それと、『シン太郎左衛門』のラスボスが手違いで他所に送られて、何もしないうちに退治されてしまったよ」
「そうなんだね。それじゃあ、れもんが、ラスボスやってあげるよ〜」
「それは光栄だけど・・・」
それは無茶な話だった。れもんちゃんに勝てるわけがない。れもんちゃんは、あらゆる面で宇宙一無敵だった。
シン太郎左衛門とラスボスの誤配(あるいは「海を見ていた午後」) 様ありがとうございました。