福原ソープランド 神戸で人気の風俗店【クラブロイヤル】
口コミ一覧
Review
お客様の声
りりこ【VIP】(20)
投稿者:スケベー爺様
ご利用日時:2024年11月4日
一ヶ月が過ぎてしまいましたがりりこさんとのお遊びを思い出して会いたくなりました!遊びに行っても大丈夫ですか?
スケベー爺様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とラスボスの誤配(あるいは「海を見ていた午後」) 様
ご利用日時:2024年12月6日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。暑いときにはグッタリしていて、寒くなると動かなくなる、まるで頼りにならない武士だった。
水曜日の夜、忘年会でAに会った。
学生時代の知り合い5人が、お互い棺桶に片足を突っ込んでいることをしみじみ確認し合うような寂しい集まりの後、Aに誘われて、二人だけで喫茶店に寄った。
その日のAは、いつになく饒舌だった。
さっきまで一緒にいた連中について、一頻り悪口を言った後、Aはコートのポケットから煙草の箱を出しながら、「Cを覚える?」
「覚えてるさ。Cの下宿には、よく遊びに行った。あいつは全然喋らないから、カセットプレーヤーで音楽流して、一緒に聴いてただけだけど。俳優になれるような美男子だった」
「で、実際どんな顔だったか思い出せる?」
「全く思い出せん」
「そうなんだよな。誰一人思い出せないんだ。C、死んだぜ」
「そうなんだ」
「悲しいか?」
「いや、全く悲しくない」
「そうなんだよな。誰一人悲しまないんだ。Cの葬式に行ってきた」
「いつ?」
「11月の20日過ぎ。奥さんも全然悲しんでなかった。参列者の誰も悲しんでなかった。故人を偲ぶにも、誰もCの記憶が殆どないんだ。とても変な葬式だった」
「俺は葬儀に呼ばれんかった」
「知ってる。Cの奥さんから聞いた。Cが『声を掛けたら葬儀に来るヤツ』『呼んでも来ないヤツ』のリストを残していて、お前は『呼んでも絶対に来ないヤツ』の中にいたそうだ。別枠で『絶対に呼んじゃいけないヤツ』として、BとK先輩の名前があったらしい」
「当たり前だ。何を仕出かすか分からん奴らだ」
『昭和』を思わす、古びた喫茶店には、我々二人以外に客がいなかった。Aは煙草をくわえ、火をつけると、「C自身も薄気味が悪いヤツだったけどな。全然何も喋んないし」
「うん・・・でも、Cはホントに毒ガスや爆弾を作ってたんだろうか?」
Cは我々が通っていた大学の理学部化学科設立以来の大秀才と言われていたが、常に危険人物扱いされていた。
「分からん。結局、根も葉もない噂だったのかも知れない」
「でも、その噂のせいで、Cは半年に一度は下宿を追われ、文句一つ言うでもなく、淡々と引っ越しを繰り返していた」
「どこに行っても、決まって変な噂が立つって、あれは何だったんだろう」と、Aは煙草の煙を吐いた。
学生時代からAはタチの悪い悪戯の常習犯で、私はずっとAが噂の火元ではないかと疑っていた。しかし、その疑いにも大した根拠はなかった。
Aは、また煙を吐くと、「ところで、今、BはK先輩のところに居候してるらしい」
私はAに向かって煙を吹き返すと、「ああ、うすうす察してた」
Aは少し驚いた様子で、「なんで?」
「なんとなく」と答えた。まさか、れもん星の大王カフェ七号店で、二人が並んで写ってる写真を見たから、とは言えなかった。
「徳島県の僻地で、二人で自給自足の生活してるって、この前、K先輩から来た手紙に書いてあった」
「そうなんだ」
「それが変な手紙でさ。『ご依頼により、一筆啓上仕り候』で始まるんだ。俺、頼んでねえし、と不思議に思いながら読んだ」
「待て待て、それは・・・ゴメン、続けてくれ」
「どうでもいい話が延々と続くから、最後まで読まずに捨てた」
「そうなんだ・・・」
やっぱり馬鹿だった。K先輩は、私に送るべき手紙をAに送ったのだ。
「中身、覚えてる?」
「つまらん思い出話ばかりだったな。あっ、そうだ。Bが今でもお前のことを恨んでるってさ」
「その話はいいわ」
「手紙が届いて数日後、K先輩から電話があって、早くバイト代を送れとか訳の分からんことを言ってきたから、サッサと切った」
もう何も言う気にならなかった。
帰りの電車の中、私はシン太郎左衛門に、「我々のラスボスは、違う人間のところに誤配されて、呆気なく蹴散らされてしまった」
「なんと。それは情けない話でござる」
「まあ、別にいいんだけどね」
「うむ。結局、れもんちゃんさえいれば、我々は困らぬ。れもん星に行ったり、金ちゃんたちを登場させたりすれば、『シン太郎左衛門』シリーズの10回や20回は簡単に出来まする」
書くのは俺だぞ、と言い返したくなったが、黙っていた。何故か気持ちが沈んでいた。
帰宅後、さっさと寝ることにした。何故か、れもん星に行かねばならない気持ちになっていた。
「シン太郎左衛門、俺はこれかられもん星に行く。お前も来るか?」
「お供いたしましょう」
布団に入ると、電気を消して、二人で、「キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん」と、夢でれもん星に行く呪文を10回唱えた。すると・・・
いきなり目の前に青い空が広がった。
オシャレで落ち着いた街並みに、「あっ!ここは、見覚えがござる」と肩の上のシン太郎左衛門が声を上げた。
我々が着いたのは、れもんちゃんのパパが経営する大王カフェ七号店の前だった。
「なんと!これは嬉しい!父上、また大王カフェに来れましたぞ」
大王カフェ七号店は、海を見渡せる高台の上に立つ、瀟洒で愛らしい、小さなお店だった。
「・・・そうでござったか。気が付かなんだが、守護霊殿も一緒に来られたものと思われまする」
「なるほどね。我々のような徳の低い奴が度々来れる場所ではないからな」
シン太郎左衛門は「守護霊殿、ありがたき幸せ。御礼申し上げまする」と、どこにいるのか分からない守護霊さんに当てずっぽうで御礼を言っていた。
カフェの入り口には、例によって小さな黒板がイーゼルに置かれていた。赤白青のチョークで、
「新メニュー 大王イカフライ!!
れもんちゃんも大絶賛!!
美味しいよ〜」
と書かれていた。
ドアを開けると、小さなカウベルが軽やかに鳴った。
いつもクラブロイヤルの入り口で気持ち良く迎えてくれるスタッフさんにそっくりなれもん星人さんが迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」と言って、我々を海の見える窓際の席に案内してくれた。
「守護霊殿が席を予約してくれていたものと思われまする。いや〜、それにしても絶景でござるなぁ」
水平線までコバルトブルーの海が広がり、遠くに白い客船が浮かんでいた。近くには、白いモモンガの群れが飛び交っていた。
スタッフさんは、カトラリーの小籠とお冷を運んで来て、「ご注文は、大王イカフライとグラスの大王白ワインを3名様分でございますね」
シン太郎左衛門が私の方を見て、「守護霊殿が注文まで済ませてくれてござるな」
「うん」とだけ答えた。
やがて料理が運ばれてきた。一口サイズのイカのフライが、可愛いお皿に、こんもりと盛られて、ホカホカと湯気を立て、甘い香りを漂わせていた。
シン太郎左衛門は、「父上、我々がここに居ては、守護霊殿が食べにくい。トイレに行きましょう」
私は、テーブルの上からシン太郎左衛門を肩に乗せ、席を立った。
別にトイレに行きたい訳ではなかったので、店の奥でスタッフさんをつかまえて、「今日も、れもん大王さんは本店なの?」と尋ねた。
「いいえ。今日は、こちらに来られてますが、発売以来、大王イカフライの注文が殺到しておりまして、れもん女王さまから『もっと沢山イカちゃんを捕って来なきゃダメだよ〜』と怒られて、泣く泣く漁に出かけておられます」
「・・・れもん女王さまはシッカリ者みたいだね」
「それはもう。大王さまは、美味しいものを作って、みんなに喜んでもらったら、それで満足される御方ですから、女王さまがいないと大変なことになります」
「なるほどね」
れもん女王さま、つまり、れもんちゃんのママに会いたいのは山々だったが、仕事の邪魔はしたくなかった。
テーブルに戻ると、私の向かい席には半身をよじって窓の外を見ている男がいた。
シン太郎左衛門は憤然と、「なんと!無礼な者が、守護霊殿の席に座っておりまする」
「いや、守護霊さんは今日は来ていない。そこには、最初から、こいつが座っていたんだ」
シン太郎左衛門は事態が飲み込めていなかった。
「こいつはC、俺の学生時代からの知り合いだ」
私が席に座った後も、Cはじっと海を見ていた。その横顔は、若々しさを失っていたが、ギリシャ彫刻のように整っていた。学生時代、下宿の部屋の窓から寂れた裏通りをボンヤリ眺めていたCの姿が脳裏に蘇った。
「お前、友達甲斐のないヤツだな。葬式ぐらい呼べよ。行ってやったのに」と言うと、Cは徐ろに向き直り、皮肉な笑みを浮かべた。
私は苦笑いを浮かべて、「・・・そうだな。お前の見込みどおり、行かなかったかもしれない」
Cは、皿に視線を落として、イカフライを一つ口に運んだ。
私はCの向こう、コバルトブルーの海を見ながら、「そう言えば、松任谷由実の『海を見ていた午後』を初めて聴いたのは、お前の下宿だった」
Cは小さく頷いた。
「あの頃から全然変わらんな。相変わらず、お前の無口は度を過ごしてる。いつも俺ばかりに話させやがって。お前も、なんか喋れよ」
Cは微かに微笑んだ。そして、「大王イカフライ、美味しいよ〜」
「・・・俺の記憶が正しかったら、お前の声を聞くのは、これが初めてだよ。それが、まさかこんなセリフだったとはな」
俳優並みの美男子はCM向きの微笑みを浮かべ、
「新メニュー『大王イカフライ』!カリッとサクサク!!ジューシーな甘みが後を引く!!」
「どうしたんだ、お前?」
「新メニュー『大王イカフライ』!これぞ、れもん海の恵み!一口サイズの極上イカを是非ご賞味ください!」
「言われなくても、これから食べるよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!イカフライを超えたイカフライ!!これは、もうイカフライではない!!」
「いや、どう見てもイカフライだろ」
「新メニュー『大王イカフライ』!大王ちゃんの秘伝のレシピ!!これは、もうイカフライではない!!」
「お前、くどいよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!!ビールもワインも止まらない!!」
「さっき少し感動しかけてたのを後悔してるよ」
「新メニュー『大王イカフライ』!!税込9500円!!」
「高いよ!」
「ご一緒に大王ポテトフライはいかがですか?」
「要らないよ。揚げ物ばっかり食えねえよ」
「では、メニューをお持ちしましょうか?」
「お前、もう喋んなくていいよ」
Cは黙って、苦笑いを浮かべ、そして、イカフライを口に運んだ。
私も大王イカフライを食べてみた。れもんちゃんが絶賛するだけのことはあった。
「これは美味い!」
Cは笑顔を浮かべて頷いた。「ホントは、税込1200円だよ」
「それなら安い」
二人は無言で食べ進め、すっかり完食した。
Cは、もういなかった。
私は、凪いだれもん海を見ていた。
「C殿は最後に会いに来てくれたのでござるな」
「ああ」
「きっと、れもんちゃんの計らいでござろう」
「そうだ。俺の人生に起こるいい事は全て、れもんちゃんのお蔭だからな」
「うむ」
そのとき、静かなピアノの音色が聞こえてきた。振り向くと、『ひみつのアッコちゃん』のお面を被った女性がアップライト・ピアノに向かい「海を見ていた午後」のイントロを優しいタッチで奏でていた。
これも、れもんちゃんの計らいなのだろう、そう感じていると、れもん女王さんの見事なピアノ演奏をバックに、マイクを手にして現れたのは、いつもクラブロイヤルの入り口で迎えてくれる愛想のよいスタッフさんにソックリのれもん星人だった。
思わず「お前が歌うんか〜い!」と言ってしまった。
この店にくるたび
あなたを思い出す・・・
スタッフさんは、かなりの音痴だった。
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる私に、シン太郎左衛門が、
「最後のこれは余計でござったな」
「うん。ここは、何が何でも、れもんちゃんに歌ってほしかった。なんなら他の曲でもよかった」
そして、今日は金曜日だが、都合により、れもんちゃんデー。れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、今日も元気に、宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「あっ、そうだ。友達と大王カフェで大王イカフライを食べたよ」
「そうなんだね。パパの作るイカフライは美味しいよ〜。れもんも大好きだよ〜」
「本当に美味しかったよ。それと、『シン太郎左衛門』のラスボスが手違いで他所に送られて、何もしないうちに退治されてしまったよ」
「そうなんだね。それじゃあ、れもんが、ラスボスやってあげるよ〜」
「それは光栄だけど・・・」
それは無茶な話だった。れもんちゃんに勝てるわけがない。れもんちゃんは、あらゆる面で宇宙一無敵だった。
シン太郎左衛門とラスボスの誤配(あるいは「海を見ていた午後」) 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と明太子シスターズ 様
ご利用日時:2024年12月1日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。前回の「劇場版」投稿以降、無闇に、れもん星に行きたがっている。訊けば、案の定、前回の件があって、我々は、れもん星を救った者として歓迎されると思っている。あれはまだ起こっていないこと、3月ぐらいに起こることであって、さらに、それ以降も大半のれもん星人にとっては知る由もないことで、歓迎されるわけがないと言ってやっても納得しない。時系列が錯綜しているせいで、すっかり混乱している。
さて、昨日は、土曜日。れもんちゃんイブ。どれだけ言って聞かせても納得できないシン太郎左衛門は、その朝も不貞腐れて目を覚ました。
憤然としているシン太郎左衛門に、
「また、れもん星に行ってきたのか?」
「うむ。行って参った」
「で、良いことがあったか?」
「空気の缶詰工場で働かされた」
「楽しかったか?」
「楽しい訳がない。こき使われた挙句、最後は缶に閉じ込められた」
「踏んだり蹴ったりだな。しかし、閉じ込められたのは、悪意あってのことではあるまい」
「うむ。缶の中に落ちたところに構わず蓋をされた」
「お前に存在感がないから、気付かれんかっただけだ。まあ、結局、人の言うことを聞かんお前が悪い。守護霊さんは、大王カフェに入り浸りで、手を貸してくれないし、どこに飛ばされるか分かったもんじゃない。そろそろ諦めろ」
「うむ。今週は、砂漠の砂の上で焼きウインナーになるほど暑い思いをしたり、浮き輪もなしにプールの上に落ちて溺れ続けたり、実に散々でござった。当分、怖くて、れもん星には行けぬ」
「魔法は気安く使うもんじゃないってことだ」
「うむ。それにしても、れもんちゃんは引き続き立派なものでござるな」
「当たり前だ。れもんちゃんは我々のような有象無象じゃないからな。俺たちみたいなモンに、れもんちゃんを語る資格などないが、残り十数回、頑張って『シン太郎左衛門』シリーズを続けていこうな」
「うむ。いよいよ、例のK先輩の登場ですな」
「いやぁ、それは分からんな。『ラスボス』と、ノリで言ってはみたものの、ホントは、そんなんじゃないよ。出鱈目なオッサンだもん。アル中だし」
「なんと」
「結局最後まで姿を見せない気もする。手紙も送ってこないかもよ」
「そんなレベルでござるか」
「ホントに変人なんだ。期待してもしょうがない」
そんな話をした後、寝床から出て、
「ああ、本格的に寒くなったなぁ」とドテラを羽織った。
夕方までゴロゴロ過ごすと、ドテラ姿のまま、駅前のスーパーに買い出しに行った。
「今日も鍋でござるか」
「鍋はもういいや。カシワ、豚、牛のローテーションで、この2週間過ごしてきたが、もうポン酢の味を身体が受け付けなくなってきた。俺は元来飽きっぽいんだ」
「れもんちゃんだけは別でござるな」
「うん。れもんちゃんだけは別格だ。れもんちゃんは毎回進化するしな」
食べたいものが何一つないのに歩き回るスーパーの店内ぐらい、味気ないものもなかった。
すると、特設コーナーの方から、「美味しい明太子、とっても美味しい明太子、ご夕食に明太子はいかがですか。晩酌のアテに明太子はいかがですか。明日の朝食に明太子トースト、お昼に明太子パスタ、3時のオヤツに明太子はいかがですか」という若い女の子の声が聞こえた。
「おっ、あれは明太子ちゃん!あの日以来、姿を消しておったが、父上、明太子ちゃんが戻って参りましたぞ」とシン太郎左衛門が嬉しそうに声を上げた。
「う〜ん、それは困ったな」
「それは何故?父上も、明太子ちゃんを懐かしんでおられたはず」
「確かにあの日の翌日から、特設コーナーではイカツいオジさんが広島焼きを焼いていた。翌週はオデンの具材が並び、青白くて幽霊みたいなオジさんが無言で立っていた。あのときは、あの子はどこに行ったんだろうと思ったよ。ただ、いないから懐かしんだだけであって、戻ってきたから嬉しいということにはならない」
「全く何を言っているか分からぬ」
「早い話が、俺は今、明太子の口ではない。あの子と目が合って、『あっ、この前の人だ』って気付かれて、また明太子を勧められるのが嫌なのだ」
「素知らぬ顔をして通り過ぎたらよかろう」
「そんなことできるか!鍋の作り方を教わった恩人に、『今日は、明太子は要りません。実は、もう鍋にもウンザリしてます』なんて態度を採れる訳がない」
「では、どうされますか」
「特設コーナーを徹底的に避けながら、買い物を続ける」
そう言って、踵を返し、逆回りに店内を歩き出したが、ボーッと何も考えずに商品を眺めていたら、いつの間にか特設コーナーの前に立って、明太子ちゃんの視線を浴びていた。
例の高校生ぐらいの女の子が恥じらいがちに「鍋は無事に出来ましたか?」と話し掛けてきたとき、事態がよく理解出来ていなかった私は「あっ!えっ?ええっ?ど、どうにか・・・」と、マヌケな受け答えをしてしまった。
それから、気持ちを落ち着けて、「こ、この前は、ありがとうね。鍋、ちゃんと出来たよ。お母さんにも、よろしく伝えてね」
「よかった」と、小さく微笑む顔は、れもんちゃんのような超絶美人では勿論ないながら、そこに、頑張り屋さんのれもんちゃんの健気さに通じるものを感じてしまい、立ち去ろうとする足が引き留められてしまった。
とにかく思い付くまま「君は高校生?」と尋ねると、そうだと言う。
「じゃあ、バイトだね。明太子のスペシャリストなの?」と訊くと、そんなスペシャリストじゃない、と笑って、このスーパーの店長が親戚で、時々手伝わされるのだ、とのことだった。
「あの売り文句、1日中、明太子を食べ続けさせようとする文句は君が考えたの?」
「あれは・・・」と、明太子ちゃんは、恥ずかしそうに「私の妹が考えたの」
「妹さんはいくつ?」
「私と年子で、高1」
「そうなんだ・・・」
「・・・」
妙に気まずい沈黙だった。余分な話をしたせいで、余計に買わずに帰れなくなってしまった。
「じゃあ、明太子を1つもらおうかな」
明太子ちゃんの表情がパッと明るくなった。
「オジさんは、お得意さまだから、2パック買ってくれたら、サービスでもう1パック付けますよ」
「えっ・・・そうなの・・・じゃあ、そうする」
明太子3パック(1つは「サービス」のシール付き)をカゴに入れると、笑顔の明太子ちゃんに、「じゃあ、またね」と、その場を立ち去った。
「シン太郎左衛門、当分、このスーパーに足を踏み入れるのは止めよう。俺は健康診断で塩分を控えるように言われてるのだ。来る度に明太子を2パックも3パックも買ってたら、命がもたん」
「拙者のれもん星と同じでござるな」
「・・・それは何とも言えん。俺は、あの子の健気さに、微かに、れもんちゃんを感じてしまうのだ。そうすると、なんか素っ気なく出来なくなる」
「それはもう結婚するしかありませぬな」
「下らないことを言うな。いやぁ、困ったな。ここ以外に歩いて来れるスーパーはないのに・・・」
歩きながら、そんな話をしているうちに、またも特設コーナーの前に戻ってしまっていた。
明太子ちゃんは、私に手を振りながら、「オジさん、久しぶり〜。元気にしてた?」と、完全に友達扱いされた。
「いや、余り元気でもないよ」
「そうなの?そうだ。明日は、私の代わりに妹が来るの。妹にオジさんのこと、教えておくね。サービスするように言っておくから、明日も買いに来てね」
「・・・考えとく・・・シン太郎左衛門、帰ろう」
明太子ばかりをエコバッグに入れて、家路についた。
帰り道、シン太郎左衛門が、「明日、明太子ちゃん(妹)に会いに行かれまするか」
「明日は、れもんちゃんデー、神聖な日だ。神聖な日には、れもんちゃん以外の誰にも会いには行かん」
「なるほど」
「ただ駅からの帰り道にスーパーに寄って、あんな下らない売り文句を考えたのが、どんな子なのか確認するつもりだ」
「また明太子を買わされますな」
「多分な」
劇場版で活躍した者たちとは思えない、小さい小さい話になってしまった。
そして、今日は日曜日、れもんちゃんデー。JR新快速に乗って、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、今日も運命的に宇宙一に宇宙一だった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「れもんちゃんは、どんな食べ物が好きなの?」
「美味しいものは何でも好きだよ〜」
「明太子、好き?」
「う〜ん。今はイチゴが食べた〜い」
「れもんちゃんなのに?」
「うん、イチゴ食べた〜い」
れもんちゃんは、宇宙一自由で大らかだった。そして、いつも宇宙一元気に頑張っていた。
こんな素敵な娘は宇宙に一人しかいない。
シン太郎左衛門と明太子シスターズ 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:【劇場版】シン太郎左衛門(『れもん星の危機!!未来(フューチャー)Bを救え!!』) 様
ご利用日時:2024年11月24日
前回、お伝えしたとおり、「劇場版」をお送りする。
本篇は、本来「シン太郎左衛門」シリーズ全100回の終了の翌週にオマケとして投稿予定だった。前倒しで投稿するので、そこらへんに関する記述に辻褄の合わないところがある。些細な点なので無視してほしい。
では始めよう・・・
今回は、劇場版である。どこでもお好きな劇場で、映画が始まる前にでも読んでくれたまえ。
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。いよいよ、『シン太郎左衛門』シリーズの最終話となった。アニメも映画も観ないから、よく分からないが、「劇場版」はスケールの大きな話にするのが礼儀だと理解している。そういう訳で、今回のクチコミは、無闇に大袈裟で、とにかく長い。これまでだって、大概長かったとお感じだろうが、今回のモノは特にひどい。更に最早クチコミには見えないまでに、れもんちゃんの出番がない。また、昭和の事物をかなり盛り込んでいる。れもんちゃんを初め、平成生まれの人々にはチンプンカンプンな部分もあるだろう。覚悟して読まれたし。
20XX年12月某日。土曜日。つまり、れもんちゃんイブ。
私は終日、家でゴロゴロ過ごし、夕飯を駅前の中華料理屋の麻婆丼で済ませ、家に戻ってくると、シン太郎左衛門に、「明日は、れもんちゃんデーだから、今夜は早く寝なければならない」
「うむ。『シン太郎左衛門』シリーズが終わったからと言って、我々の生活は何一つ変わっておりませぬな」
「当たり前だ。連載が終わってから、まだ一週間しか経ってないしな」
風呂を済ませて、夜8時過ぎ、そろそろ寝ようと思っていたら、固定電話が鳴りだした。放置していると、ファックスに切り替わった。
「父上、今時珍しいファックスでござる」
「うん」
普段なら完全に無視するのだが、そのときは何故か放っておけない気持ちになった。妙な胸騒ぎがした。急いで手に取って見てみると、ただ一言「未来Bを救え」とだけ手書きされていて、「未来」に「フューチャー」とルビが振られていた。見覚えのある筆跡だったが、誰のモノだか思い出せなかった。何か良からぬことが起こる予感がした。
「シン太郎左衛門、れもん星に行くぞ」
「うむ。拙者、良からぬ胸騒ぎが致しまする」
「俺もだ。俺が胸騒ぎを感じるなんて、れもんちゃん関係に決まってる」
手早く歯磨きを済ますと、スーツに着替えて、布団に入った。
「スーツでござるか」
「そうだ。スーツはサラリーマンの戦闘服だ。何かただならぬ予感がする」
「うむ。冒険の匂いが致しまする。こんなことなら、もう少し剣術の稽古をしておけばよかった」
「最近サボりまくってたからな。いまさら手遅れだ。いくぞ」
部屋の灯りを消した。
二人は「キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん」と十回唱えた。
そして、シン太郎左衛門ズ、最初で最後の冒険が始まった。
「・・・ここはどこだ?」
見渡すとNASAの管制室の小型版といった場所で、モニターや機械類が犇めき合っていた。そこにレモンイエローのタイトな制服を着た男性が、5、6人、ノンビリと雑談を交わしていた。それぞれ、フェイス・シールド付きのヘルメットを近くの机の上に置いていた。照明が異様に明るかった。昔テレビ番組で見た地球防衛軍の司令室に似ていると思った。
「ここの人たちは随分くつろいでおりますな。何とも奇抜な服装でござる・・・あっ、よく見れば、クラブロイヤルのスタッフさんたちに瓜二つ!」
「ホントだ。いつも気持ちよく接してもらってる人たちにそっくりだ」
「クラブロイヤルのスタッフさんたちは、皆、よい人たちばかりでござる」
「ちょっと話し掛けてみよう」
スタッフさんたちに近寄り、「すみません」と言うと、いつもクラブロイヤルの入り口で愛想よく迎えてくれるスタッフさんにそっくりなれもん星人が、
「あっ、いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
「いや。今日は予約はしてません。明日、れもんちゃんの予約をしています」
「大丈夫ですよ。ご新規様ですか?」とスタッフさんが言うので、
「いや、そういうことじゃなく・・・手短に済ませます。ここは、どこですか?」
「ここは、ロイヤル警備隊の本部です」
「ロイヤル警備隊って何ですか?」
「ロイヤル警備隊は、れもん星の平和を守る正義の味方です」
「ウルトラ警備隊みたいな感じですか?れもん星を怪獣や邪悪な宇宙人の侵略からを守る的な」
「まあ、そんな感じです」
「随分と暇そうですね」
「はい。れもん星はいつも平和で、怪獣も邪悪な宇宙人も来ないんです。これまで一度もそういうことはなかったんです・・・空気の缶詰、買ってくれます?」
「要りません。ところで、『未来B』って心当たりありませんか?」
スタッフさんは、少し思案顔になって、他のスタッフさんたちに「『未来B』って知ってる?」と尋ねたが、みんな首を傾げた。
一人のスタッフさんが「ああ、そう言えば、この前テレビで、エネルギー大臣さんが、『安定的な電力確保の観点から、れもん星の未来には一つの選択肢しかない。レモニウムの活用、これが、れもん星の唯一の未来である』って言ってたよ」
他のみんなは、つまらなそうに、「ふ〜ん」と言った。
「レモニウムってなんですか?」と尋ねると、スタッフさんたちは、みんな首を傾げた。
すると、さっきとは別のスタッフさんが「ああ、そう言えば、この前テレビで、エネルギー大臣さんが、『安定的な電力確保の観点から、れもん星の未来には一つの選択肢しかない。レモニウムの活用、これが、れもん星の唯一の未来である』って言ってたよ」
他のみんなは、つまらなそうに、「ふ〜ん」と言った。
「すみません。これじゃ何日かけても話が進みません。今回は『劇場版』なんで、もう少し真面目にやってもらえますか」
「『真面目に』って言われても・・・そこに新聞があります。お探しの件、何か書いてあるかもしれませんよ」
なんだかロールプレイング・ゲームをしているような気分だった。
部屋の隅に一体何年分なのかと思うほどスポーツ新聞が積まれていたので、上の10日分ほど手に取って、近くの椅子に座った。
早速お色気欄を探した。れもん星でも、やっぱりスポーツ紙にお色気は欠かせないらしい。
「へぇ〜。シン太郎左衛門、見てみろ。思ったとおり、れもん星はハイレベルだぞ」
ズボンのチャックを内側から下ろして、シン太郎左衛門が顔を覗かせたので、紙面を翳してやった。
「ほれ」
「おおっ!これは中々のモノ!れもんちゃんには及ばぬまでも大した優れモノでござる」
「まだあるぞ」
我々は、はしゃぎながら次々とお色気欄を制覇していった。
「いや〜、れもんちゃんを生んだ星は、なんともアッハンウッフンでござるな」
「ホントだよ。楽しいな・・・いや、待て。こんなことをやってる場合ではない」
私は、改めて真面目に紙面に目を通したが、関係しそうな記事は全くなかった。スポーツ新聞には、卓球とお色気記事とクロスワードパズルしかなかった。
「この星には、どれだけ卓球好きが集まってるんだ。平和すぎる」
「父上、あちらにテレビがある。勝手につけてみましょうぞ」
「どうせピンポン大会の実況だろ。無駄を承知で見てみるか」
テレビの電源を入れたら、案の定、卓球の試合をやっていた。リモコンでチャネルを切り替えていった。画面に時刻がデジタル表示されていた。今は朝の9時だった。
「れもん星と日本だと、12時間の時差があるらしい。朝っぱらから卓球なんて、よくやるよ。楽しいのかね」
「お色気番組はありませぬか」
「ないよ。やたらとチャンネルは多いが、卓球とニュースばかりだった。どうなってるのかね、この星は・・・いかん、いかん、ニュースでいいんだ。ニュースを見るためにつけたんだ」
30分ほど、ザッピングをして情報を掻き集めた。というより、ニュース番組はレモニウム関連で持ち切りだった。ざっと纏めると、次のようなことだった。
レモニウムは、れもん星にしか存在しない物質で、放射性物質に似てはいるが別モノで、人体にも無害な金属らしい。原発と同様の原理で、もっと安全かつ安定的に電力が得られるらしい。ただ、レモニウムは極めて稀少で、採掘できる場所は長らく、れもん大王のみの知るところであった。しかし、最近ある科学者チームがその在処を特定して、昨日調査に向かったが、巨大な怪獣に阻まれて逃げ帰ったとのこと。
「なるほどね・・・真面目すぎる。どう考えても、俺たちとは何の関係ない」
テレビ画面では、ギラギラとエネルギッシュな中年男性が、エネルギッシュに拳を振り回し、熱弁をふるっていた。
「レモニウムの確保は、れもん星の未来のために必要不可欠です。我々は速やかに怪獣を倒さねばなりません」
字幕から、その人物が、れもん星のエネルギー大臣だと知った。
振り向いてみると、ロイヤル警備隊の面々はスマホでゲームをしたり、椅子に座ったまま白眼を剝いてイビキをかいていた。
「これこそ、『ロイヤル警備隊』の出番に思えるが、彼らには全く関心がなさそうだ」
テレビ画面の中で、エネルギー大臣が叫び続けていた。
「うむ。父上、どうされますか」
「どうしようかね」
「怪獣を倒しに行きまするか」
「なんで?」
「話を聴いておられましたか。れもん星のエネルギー問題を解決するためでござる」
「それは、なんか違う気がする」
「父上、益々胸騒ぎが激しくなって参った。急が迫ってきた気が致しまする」
「俺もそうだ。胸が苦しいほど、得体の知れない不安が募ってきた。どうするか、ちょっと考えてみる」
れもん星のように平和な星に、本当に凶悪な怪獣なんているんだろうか?怪獣が最近星外からやって来たのなら、ロイヤル警備隊はともかく、他の誰かが気付いただろう。怪獣が昔からレモニウムのある場所の近くに生息していれば、れもん大王は、それを知っていたのではないか。私は、あれこれと想像を巡らして、あるかないかも分からない答えを探した。
エネルギー大臣は、「本日、れもん星防衛軍を出動させ、怪獣の存在を確認した場合には必要な対処を行うことを決定した」と言っている。
「シン太郎左衛門、行き先が決まったぞ」
「うむ。では参りましょう・・・で、どこへ?」
私は、スタッフさんたちのところに戻り、
「すみません。『大王カフェ』の本店って、どこですか?」
スタッフさんたちは、一斉に同じ方向を指差し、ユニゾンで「隣のビルの最上階。でも、予約がないと入れないよ。予約は3年待ちだよ」
ガラス張りのエレベーターで最上階、126階に急ぐ。「大王カフェ」本店は、この超高層ビルの最上階を占有していた。
私の肩の上に乗ったシン太郎左衛門は、
「父上、食事をしてる場合ではござらぬぞ」
「違う。れもんちゃんのパパ、れもん大王に会うのだ」
「れもんちゃんの無際限の魅力について語り合うためでござるか」
「違う。レモニウムを使わない未来、つまり『未来B』について訊くためだ」
ガラスのエレベーターから見下ろす街並み、れもんシティは美しい街だった。
エレベーターを降りると、シン太郎左衛門が、「こんなところだと、莫大なテナント料を取られましょうな」
「心配するな。れもん大王は商売上手だ」
我々は、「大王カフェ」の看板に向けて、フカフカの絨毯の上を急いだ。
我々は入り口で止められてしまった。
上品だが、イカツイまでに体格のよい受付担当のスタッフさんは、「御予約のないお客様はご入店いただけません」
「れもん大王と話がしたい」
「社長は他用で取り込んでおりますのでお会いできません」
「そこを何とかお願いでござる」
「何とも致しかねます」
オシャレで可愛く、見るからにリッチなお店の入り口で、そんな押し問答に虚しく時間が過ぎていった。これ以上粘っても、力ずくで追い返されるか、警察を呼ばれるのが落ちだ、と思いかけたとき、背後から芳しく焚きしめた香の匂いが漂ってきた。
振り向くと、十二単衣を着た長い髪の女性が滑るように近付いてきた。
「これは、式部さま。いつもありがとうございます」と、受付担当スタッフさんは、店内の他のスタッフさんたちに手を振って合図した。
「あっ、もしかして!」
「式部さん」と呼ばれた女性は、私の方を横目で見ながら、口の前に指を立てた。
空気の読めないシン太郎左衛門は、
「もしや、守護霊殿ではござらぬか?」
守護霊さんは思いっ切り眉をひそめた後、「スタッフ殿、大変失礼致しました。これらは下賤な者なれど、わらわの供の者。日頃れもん姫のご厚恩に預かり、御礼を申し上げたいとの願いゆえ、大王様に御目通り叶えてやってたもれ」
スタッフさんは困惑した様子であったが、
「かしこまりました。確認してまいりますので、しばしお待ちください」
「フューチャーB、いや、レモニウムの件で重要な話があるとお伝えください」
「拙者からも宜しくお頼み申す」
スタッフさんがその場を去ると、私は「守護霊さんは、あの日以来、私の守護はそっちのけにして、『大王カフェ』に通い詰めているのではありませんか?」
守護霊さんは、「ほほほほほ」と上品に笑いながら、女性のスタッフさんに案内されて店の奥に消えていった。
「・・・守護霊さんって、あんな人だったんだ」
「割と美人でござった」
「うん。結構、俺の好みだ。もちろん、れもんちゃんには及ばんが」
いかついスタッフさんが戻って来て、「社長がお会いになるそうです」
スタッフさんは「スタッフ・オンリー」の表示があるドアを鍵で開け、私に入るように促した。「曲がり角を右、左、真っ直ぐ、左、左、右、仮面ライダーのシールが貼ってあるドアを『トントト・トトトト・ン・トントン』と叩いてください」
「分かりました。ちなみに『トントト・トトトト・ン・トントン』というのは、『笑点』のオープニング・ソングではありませんか?」
「知りません」
「ありがとうございます」
私は、複雑に曲がりくねって分岐する狭い廊下を言われた通りに進んでいった。
シン太郎左衛門は、私の肩の上で『笑点』のテーマソングを口笛で吹いていた。
「どうして、こんな迷路みたいなものを作ったんだろう」
「とんと見当も付きませぬ」
「れもん大王って、どんな人なんだろう」
「れもんちゃんのお父上であれば、さぞ立派な人に違いない」
「でも、れもんちゃんも、かなり変わってるからな〜。れもんちゃんパパは、凄く変な人かもしれない。普通に考えたら、職場にこんな迷路を作るヤツが普通な訳ないだろ」
「うむ」
言われた通りに歩いたつもりだった。言われた通り、『仮面ライダー』のシールが貼られたドアに行き当たった。シールが1枚貼られているのを想像していたが、ドア一面、隈なく仮面ライダー1号・2号・V3と怪人たちのシールで埋め尽くされていた。
「仮面ライダー」といい、「笑点」といい、昭和っぽかった。大王は、そういう世代の人なんだろうと思いながら、「仮面ライダー」のドアを「笑点」のリズムで叩いた。
しばらく待つと、ドアが開いた。
出迎えてくれた人、つまり、れもん大王は、フレンチ・シェフを思わせる純白のコックスーツを身に纏い、高さが50センチもある帽子を被り、変なお面を付けていた。
招き入れられた部屋は、れもん大王さんのオフィスらしかった。ゆったりとした空間に、奥にデスクが一つと壁に沿って沢山の書架があった。
お面を被った人は、私に木製の丸椅子を勧めると、自分はオフィス机の向こう側に腰を下ろした。二人の間は20メートル以上離れていた。
「いらっしゃいだよ〜」
それが、仮面の人物の第一声だった。
「れもん大王さんですか?」
「そうだよ〜。れもん大王ちゃんだよ〜」
拍子抜けしなかったと言えば嘘になる。
「『大王さま』とお呼びしたら宜しいですか?」
「『大王ちゃん』でいいよ〜」
「こっちが嫌です。お忙しいところをお邪魔して、すみません」
「新しいメニューを考えてたよ〜。『大王イカフライ』だよ〜。美味しいよ〜」
「大王さま。初対面でこんなことを言うのもなんですが、『大王イカ』と聞くと、我々地球人は全長10メートルを越す馬鹿デカいイカを想像して、食欲を無くしてしまいます」
「そんな大きなイカ、れもん星にはいないよ〜。れもん星のイカは、みんな一口サイズだよ〜」
「それは、ワカサギのフライみたいで、白ワインに合いそうですね」
「ビールにも合うよ〜」
「・・・大王さま、私は、ここにイカフライの話をしに来たのではありません。単刀直入にお尋ねします。『未来B』とは何ですか?」
お面の顔が斜めに傾いた。
「知らな〜い。聞いたこともないよ〜」
「では質問を替えます。れもん大王さんが、語尾に『よ〜』と付けるのは何故ですか?」
「威厳を示すためだよ〜」
「『威厳』・・・ですか?」
「そうだよ〜。れもん星では、偉い人は語尾に『よ〜』を付けるよ〜」
「日本語とは違うんですね。じゃあ、れもん語の『れもんちゃんだよ〜』を日本語に直すと、どうなりますか?」
「『朕は、れもんちゃんなるぞ』になるよ〜」
「そうでしたか。私はこれまで大きな勘違いをしていました。それでは本題に戻ります。れもん大王さんは、どうしてレモニウムのある場所を秘密にしてこられたのですか?」
「みんながレモニウムを持ってっちゃうと、れもんギドラちゃんが困るからだよ〜」
「れもんギドラちゃん・・・それは怪獣ですね?」
「そうだよ。全長50メートルの大っきな怪獣ちゃんだよ〜」
「れもんギドラは、可愛いですか?」
「れもんギドラちゃんは、顔が怖いよ〜。でも優しいよ〜。いつも地底深くで眠ってて、50年に一度お腹を空かせて、地表近くまでやって来て、レモニウムを一粒食べて、また地底深くに帰ってくよ〜」
「なるほど・・・名前に『ちゃん』を付けて呼ぶのは、可愛い人や可愛い動物に限る、今後、そういうルールでいきたい思います。ところで、お会いして以来、ずっとお訊きしたかったんですが、れもん大王さんは、どうして『ひみつのアッコちゃん』のお面を被っているのですか?」
「これ?特に意味はないよ〜」
「なんだ、意味ないんかい!いや、失礼しました。その『ひみつのアッコちゃん』のお面、私が子供の頃、縁日の出店に並んでいたお面とよく似ています。子供心に『こんなもん、誰が買うんだろう?』と思った記憶があります。そのお面は、大王様が子供の頃に縁日でお買い求めになったものですか?」
「違うよ〜。れもん姫の地球土産だよ〜。大王ちゃんのお気に入りだよ〜」
「れもんちゃんは、昭和レトロが好みなんですか?」
「知らないよ〜。多分違うよ〜」
「では、本題に戻ります。今日、れもん星防衛軍が、レモニウムの採掘を邪魔する怪獣の退治に向かうとのことです」
「そんなことしちゃダメだよ〜」
「でも、すでに出動してしまったかもしれません」
「止めないとダメだよ〜」
「れもん大王さんが電話をすれば、すぐに止められるのではないですか?」
「そんな簡単な話じゃないよ〜。大変なことになっちゃったよ〜」
「大王さまが引退されてから、大切な申し送りが蔑ろにされていたみたいですね。これを期に英雄として復帰されたら、どうですか?」
「イヤだよ〜。コックさん兼カフェ経営者の方が楽しいよ〜」
「でも、大王さんがいないと、れもん星は、きっと終わってしまいますよ」
「分かったよ〜。それなら、れもん姫を呼び戻して、大王を譲っちゃうよ〜」
「それはダメです。そんなことをしたら地球が終わってしまいます」
「でも、大王ちゃんは、コックさんもカフェのオーナーもやめないよ〜。もう英雄なんてしないよ〜」
「分かりました。それなら、我が馬鹿息子、シン太郎左衛門を・・・いや、こんなの置いてってもしょうがないか・・・今のは忘れてください。ともかく、今は、れもんギドラちゃんを守るのが第一です。私に何かお手伝い出来ることがあれば、おっしゃってください」
れもん大王さんは立ち上がると、
「隣の部屋に移動するよ〜」
れもん大王に続いて隣の部屋に入った。分厚い木の壁に囲まれたレトロな部屋は、豪華なシャンデリアから降り注ぐリッチな光に包まれていた。部屋の中央にはビリヤード台が置かれていた。
1から15までの数字が振られた球が台に散らばっていた。大王様は、私に白い球を手渡して、
「ビリヤード、やったことある?」
「少しだけ」
「じゃあ、数の小さい順に球をポケットに入れてみてね〜。白球をどこに置いて始めてもいいよ〜」
どういう意図があるのか計り知れなかったが、取り敢えずれもん大王さんが差し出したキューを受け取り、1の球が狙いやすそうな場所に白球を置いた。そして、狙いを定めて慎重に撞いた。白球は意図せぬ方向に2センチほど転がって止まった。
アッコちゃんのお面のせいで、大王さんの表情はまるで分からなかったが、ククッと笑ったような気がした。
「じゃあ次は大王ちゃんの番だよ〜」
れもん大王は、私からキューを受け取ると、テーブル上のボールの位置をざっと確認して、何のためらいもなく、白いボールを撞いた。白球はとんでもない初速で撃ち出され、カツン、カツン、カツンと、球の衝突の連鎖を生み出し、1から15の球を全て順番にポケットに落としていった。
感激して思わず拍手すると、大王さんは、
「こんなのちっとも凄くないよ〜。れもん姫は、一撞きで全部のボールを番号順に積み上げられるよ〜」
「それはもう奇跡だ」
「れもん姫には、それが普通にできるよ〜」
「分かります。れもんちゃんが奇跡そのものですから。それで、このビリヤードの意味はなんだったのですか?」
「・・・忘れちゃったよ〜」
「そうですか。あなたが、れもんちゃんのお父さんでなければ、怒鳴りつけてるところです」
「思い出したら教えてあげるよ〜。とにかく、れもんギドラちゃんは、れもん星にとって、とっても大切な怪獣ちゃんだよ〜。れもんギドラちゃんは、地中深くで眠りながら、れもん星のために頑張ってるんだよ〜」
「眠ってるのに、一体何を頑張っているんですか?」
「それを説明するのは大変過ぎて、時間が足りないよ〜。あっ、この部屋に来た理由を思い出したよ〜」
れもん大王は、造り付けの本棚にびっしりと詰まった、何やら古文書風のものを指差して、「これは、古代オチン語で書かれた太古の記録だよ〜。ここに、れもん星の秘密が細かく書いてあるよ〜。レモニウムは、れもんギドラちゃんのご飯だから、無くなったら、死んじゃうよ〜。れもんギドラちゃんは、れもん星の守り神だから、死んじゃったら、れもん星が終わっちゃうよ〜」
「分かりました。それじゃ、れもん星防衛軍が、れもんギドラちゃんと衝突するのを防ぎましょう」
「頼んだよ〜。ヘリコプターで連れてってあげるよ〜」
「えっ?私一人ですか?」
「そうだよ〜。一人で頑張ってね。大王ちゃんは、君をれもんギドラちゃんのおウチがあるところに連れて行ったら、れもん星の総理大臣ちゃんや他の大臣ちゃんたちとお話するよ〜」
「私一人で、れもん星防衛軍を押し留めるなんて、全く出来る気がしないんですけど」
「頑張ってね〜。それじゃ、屋上のヘリポートで待ってるよ〜」
大王さまに背中を押されて、部屋から追い出された。背後でドアが閉められた。振り返ると、仮面ライダーたちがいた。こいつら全員引き連れて行っても、れもんギドラとれもん星防衛軍の相手をするなんて、到底出来ない話に思えた。
スタッフさんに話をすると、非常階段に繋がる扉の鍵を開けてくれた。階段を駆け上がると、屋上に出た。真っ青な空を背景に、ダークグリーンのジェットヘリは、すでに離陸準備を整えていた。耳をつんざくようなプロペラの音を聞いて、私はすっかり腰が退けてしまった。
「あんなのに乗りたくないなぁ」
肩の上のシン太郎左衛門は、
「ヘリコプターには初めて乗る。楽しみでござるな」
「何が楽しみなもんか。飛行機よりもタチが悪い。一応、電車で行く方法がないか訊いてみようか?」
「情けないことを言うものではござらぬ。腹を括りなされ」
ヘリの操縦席から大王さんが手を振っていた。
後部席に乗り込むと、れもん大王さんは、
「そうだ。これ、あげるよ〜」と、不思議な色の金属でできた指輪を右手の指から外して、渡してくれた。
「これは?」
「それは、れもん王家の紋章入りのレモニウムの指輪だよ〜。あっちこっちのレストランで割引が効くよ〜。あっちこっちのテーマパークも、フリーパスだよ〜。USJでは使えないよ〜」
「でしょうね」
「ひらかたパークは使えるよ〜」
「そうですか・・・少し真面目にやりませんか?」
「いやだよ〜。じゃあ、飛ぶよ〜」
軍用ヘリは一気に高度を上げた。青い空に私の悲鳴が響き渡った。
「ビュ〜ン!ビュ〜ン!ウヒャヒャヒャヒャ〜!!」
「速すぎる、速すぎる!!大王さん、スピード落として!!」
大王さんは、かなりのスピード狂なのか、
「ヒャッホ〜!ヒャッホ〜!」と、大はしゃぎだった。
「飛ばしすぎ!飛ばしすぎ!大王さん、頼むから、少しスピード落として!!」
「ダメだよ〜」
そう言った大王さんの声が先刻室内での談話時とは全く違って聞こえた。女性が無理に作った男の声のようだった。
よく見ると、操縦席の大王さんは、やはりコックスーツを着て、アッコちゃんのお面を被っていたが、帽子の高さは70センチぐらいまで伸びて天井に擦れていたし、身長は小さくなり、体型も華奢になったようだった。
「もしかして、れもんちゃん?」と尋ねようとしたとき、乱気流に巻き込まれたヘリは大きく上下した。雲の中で私の悲鳴が響き渡った。
上下動が落ち着くと、大王さまは、
「そうだ。れもんギドラちゃんは、古代オチン語を理解できるよ〜。シン太郎左衛門が役に立っちゃうよ〜」
やはりおかしい。私は大王さんにシン太郎左衛門をまともに紹介していないはずだった。
「もしかして、あなたは、れもんちゃん?」と尋ねたが、お面の人は、私の問いを無視して、
「もうすぐ到着するよ〜。パラシュート着けてね」
「パラシュート!?」
「そうだよ〜。足下に転がってるよ〜。着陸する場所がないから、パラシュートで降りてね」
「マジっすか?」
「マジだよ〜。ツベコベ言わずに、早くパラシュート着けてね〜。さっさとしないと、パラシュートなしで、突き落とすよ〜」
慌ててパラシュートを着け、肩の上のシン太郎左衛門をズボンの中、所定の位置に戻すと、「これで良いですか?」
「上手、上手」
れもん大王がパチパチと拍手をしたので、思わず「操縦桿を放さないで!!」と叫んでしまった。
ヘリは高度を下げて雲を突き抜けた。
「もうすぐだよ〜」
「あっ、戦車が縦隊を組んで進んでる」
「追い越すよ〜」
ヘリの窓から戦車隊を見下ろすと、目が回るような高さだった。
「怖い、怖い、怖い!!こんな高いところから、飛び降りろって、無理、無理、無理!!」
ヘリが減速していくのが体感で分かった。
「ドアを開けてね〜」
「怖いよ〜」と半ベソかきながら、ドアを開けると、凄い風圧に全ての髪の毛が逆立った。
「じゃあ、頑張ってね〜」
「無理、無理、無理!!」
「無理じゃないよ〜。やるんだよ〜」
私は右の拳を強く握り締めて、目を閉じた。そして、胸の中で、(逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメなんだ!!)
「分かりました。やります」
れもん大王は満足げに頷くと、
「それと追加でお願いがあるよ〜」
「なんですか?」
「ヘリコプターから飛び出すとき、なんかギャグをやってほしいよ〜」
「何を言ってるんですか!!」
「よろしくだよ〜。さあ着いたよ〜。飛んでいいよ〜」
もう飛ぶしかなかった。
「はい。それじゃ、れもん大王様、お達者で」
「れもんギドラちゃんによろしくね〜」
私はシートベルトを外すと、機外へと飛び出し、「飛びます!飛びます!」と叫んだ。
「それは、コント55号の坂上二郎さんのギャグだよ〜。昭和の人にしか分からないよ〜」という大王の声は一気に遠のいた。私の身体は、一気に速度を増して落下していく。気を失う寸前で、ズドンと全身に衝撃が走った。落下傘が開いたのだ。
「・・・ふっ・・・ふふふふふ・・・」
何故か笑えてきた。フリーフォールの恐怖でオシッコをチビる寸前だったが、辛うじて持ちこたえていた。
シン太郎左衛門が、「父上、オシッコ」
「シン太郎左衛門、出てこい。落下傘から見る景色は、まさに絶景だ」
ズボンのチャックを開けて、顔を出したシン太郎左衛門は、
「これは素晴らしい!!この眺めに勝るのは、れもんちゃんだけでござる」
遠くに海が見えた。あの海の近くに「大王カフェ」七号店があるのかもしれない。そんなことを考えながら、しばしの空中散歩を満喫した。
「・・・さっきまで俺たちが乗っていたヘリを運転していたのは、れもんちゃんかもしれない」
「それは誠でござるか!!」
「ああ。ヘリの中は、とってもいい匂いだった」
レモニウムの指輪を胸ポケットから出して左手の薬指に当てたが、入るはずもない。明らかに女性モノだった。
私は、岩山の麓にグリコマンのポーズで降り立つと、「やれやれ、ご到着だぜ」と言った後、続けて降りてきた落下傘にスッポリ包まれた。ベルトを外して、落下傘の下から這い出した。
辺りを見回すと、岩山の斜面に巨大な洞窟が大きな口を開けていた。
「多分、あそこが、れもんギドラちゃんのおウチの入り口だ」
足下に大小の岩が転がっていて、走ることは覚束なかった。どうにか、洞窟の入り口に近付くと、例の『ロイヤル警備隊』の面々が車座になって不貞腐れているのが目に入った。向こうも、私に気付いて、手を振ってくれた。
「こんなところで何してるんですか?」と尋ねると、
「それは、こっちのセリフだよ。俺たちは、緊急動員をかけられて、洞窟の入り口を見張ってるんだ」
「それは御苦労様です。洞窟に入ってもいいですか?」
「いいよ。でも、多分なんもないよ。しばらくすると、戦車が来るから危ないし・・・あっ、もう来た」
岩だらけの、道なき道を踏み固めるように戦車軍団が姿を現した。我々の存在など眼中にないようで、地鳴りを上げながら、次々に洞窟に入っていった。
「それじゃ、みなさん、ごきげんよう。また、明日、日曜日、クラブロイヤルでお会いしましょう」
ロイヤル警備隊の皆さんは、軽く手を振りながら、
「じゃあ元気で。くれぐれも気を付けてね」
私は戦車を追って走り出した。
洞窟に入ると、戦車のライトの残光を追って精一杯走ったが、あっと言う間に息が上がってしまった。
一息吐いている間に、戦車隊の地鳴りが遥か遠くなってしまった。
微かな明かりさえ失われた洞窟の中は暗黒だった。
社会の窓を開けて、周りの様子を窺ったシン太郎左衛門が、
「真っ暗でござる。これでは先に進めませぬな」
「手探りで進むしかない・・・」
希望を失いかけたとき、私の胸辺りから青色がかった涼しい光が広がっていった。ワイシャツのポケットの中で、レモニウムの指輪が光を放ち始めたのだ。
「希望を捨ててはいかん。これなら足下ぐらいは見える。シン太郎左衛門、行くぞ」
100メートルほど進んだだろうか。こんな調子では、到底戦車には追い付かないと、いよいよ心が折れそうになったとき、レモニウムの光に照らされた岩の壁面に「れもんギドラちゃんのおウチへの近道」と、レモンイエローのペンキで書かれているのを発見した。そこにポッカリと穴が開いていた。
「シン太郎左衛門、抜け道だ!!」
直径50センチほどの抜け穴を数十メートル這って進むと、再び巨大な洞窟に合流した。そこはドーム状に広がった、学校の体育館ぐらいの空間で、天井は途轍もなく高かった。全体を柔らかな光が包んでいた。
シン太郎左衛門をズボンから出し、肩の上に乗せてやった。二人は驚きの余り言葉を失っていた。
洞窟の天井までうず高く積み上がったレモニウムの山が壁面を覆っていた。そして、そのレモニウムの清らかな光を浴びた巨大な生き物が小さくうずくまっていた。言うまでもなく、れもんギドラちゃんだった。それは、余りにも幻想的な光景だった。
れもんギドラちゃんは怯えていた。そして、怒っていた。これまで誰からも意地悪なんてされたことがない。50年振りに地上に上がってきて、美味しいご飯を目の前にして突然邪魔されて、そりゃ悲しいし、腹も立つだろう。
遠くから戦車の地響が近付いているのが分かった。
「これが、れもんギドラちゃんか・・・大きいなぁ・・・」
私の肩の上に乗ったシン太郎左衛門は、
「うむ。思っていたよりも巨大でござる。しかし結構可愛いですな」
「そうかなぁ〜、俺には、そうは思えんが」
「目が可愛い。キュルっとしたお目々が愛らしい」
私は足下に落ちているレモニウムの粒を何個か拾って、掌の上でボンヤリと光るのを見つめた。
「こんなチョコボールぐらいの小さなモノを一粒食べて50年も頑張れるって凄いよな・・・チョコボールと言えば、俺は人生で一度だけ『金のエンゼル』を当てたことがある」
「れもんちゃんは、ダイヤモンドのエンゼルちゃんでござる」
「全くだ。れもんちゃんもれもんギドラちゃんも、ホントに健気に頑張ってるよな」
「うむ」
「俺、れもんギドラっていうから、頭が3つあるのかと思ったら、違ってた。角の格好からしても、ブラックキングに似てるよ。知ってるか?ブラックキングは強いんだぞ。帰ってきたウルトラマンがヤラれてしまったぐらいだからな」
「・・・父上、この話、今しなければならぬモノでござるか」
「明らかに違うな」
高まり続けていた戦車軍団の物音が止んだ。振り向くと、戦車軍団はすでに我々の視界のうちだった。編隊を組み直して、攻撃準備をしていた。
「やれやれ。役者が揃っちまったな。どっちが悪いって訳でなく、お互い退けない道があるってことだ」
もはや一刻の猶予も許されなかった。
シン太郎左衛門を掴んで、地面に下ろした。
「よし、シン太郎左衛門、変身だ!!シン太郎左衛門マンに変身しろ!!」
「なんですと?もう一度言ってくだされ」
「何度言っても同じだ」
「拙者が、そんなものになれまするか?」
「できる!!やれっ!!なんか叫べば巨大化する」
「真面目な話をしてくだされ。そんな設定、聞いておらぬ。できる訳がない」
戦車軍団は、攻撃準備を整え、機を見計らっているようだった。
「大丈夫。出来る。巨大化して、戦車軍団を洞窟の入り口まで押し返せ。くれぐれも乗組員を傷つけないようにね」
「全く出来る気がせぬ」
戦車軍団がエンジンをふかして前進を再開すると、れもんギドラちゃんが憤然として、ギャオーと吠えた。
「大丈夫。どうせ書くのは俺だ。どうとでもなる。やれ!」
「うむ。では、やりましょう・・・いきますぞ!!・・・れもんちゃ〜ん!!」
シン太郎左衛門は、シン太郎左衛門マンに変身した。
「・・・おい!!」
「ん?なにか?」
シン太郎左衛門マンは、小学三年生ぐらいの大きさだった。
「お前、そんなんで、よく全長50メートルの怪獣や戦車軍団の相手をする気になれるな」
「これでも相当背伸びをしたつもりでござるが、まだ足りませぬか」
「全然足らん。れもんギドラちゃんとれもん星防衛軍の両方から同時に攻撃を受けるんだぞ。もう少し真面目にやれ!」
「では、もう少し頑張りまする・・・れもんちゃ〜ん!!」
シン太郎左衛門は更に巨大化したが、それでも私より幾らか大きいだけだった。
「これが限界。一杯一杯でござる」
「お前!普段から剣術の稽古を怠けているからだ!反省しろ!」
「うむ。反省いたした。かくなる上は、父上が父上マンになるしかありませぬな」
「え〜っ!!それは困る」
「れもん星を救うためですぞ!!」
「れもん星を救うため」・・・その言葉に、これまでの、れもん星での楽しい思い出が走馬灯のように脳裏に・・・蘇ってはこなかった。これまで書いた数々のれもん星の話は、缶バッチがどうの、空気の缶詰がどうの、くだらないものばかりだった。しかし、れもん星は、れもんちゃんの故郷だった。
「しょうがないなぁ・・・おい、これを持っておけ」
シン太郎左衛門にレモニウムのリングを渡した。
「失くすなよ」
れもんギドラちゃんと戦車軍団は、もはや衝突寸前だった。
「よ〜し、やってやろうじゃねぇか。窓際サラリーマンだって、やるときはやるんだ!!南無八幡大菩薩!!そして何より・・・れもんちゃ〜ん!!」
せっかくのスーツは無残に裂けた。薄暗闇の中、私は全長45メートルの、全裸の父上マンに変身した。
そして、「シュワッチ!」と言いながら、激突寸前のれもんギドラちゃんとれもん星防衛軍の戦車軍団の間に飛び込んだ。
途端に戦車軍団の一斉砲射を浴びた。
「痛い、痛い、痛い!!それなりに痛い!!」
私は、中の人たちに怪我を負わせないように戦車を1台丁寧にひっくり返した。
また一斉砲射を浴びた。
「お前ら、ふざけんな!!痛いって言ってんだろ!!」
また戦車を1台ひっくり返した。
激高したれもんギドラちゃんに背後から殴られたり蹴られたりもした。
「痛い、痛い、痛い!!れもんギドラちゃん、落ち着いてくれ!!」
また一斉砲撃を浴びた。
「お前ら、いい加減にしろよ!!子供の頃に円谷プロの特撮を見てないのか?名前の終わりに『マン』と付く巨人に戦車の攻撃なんて、実は大して効かないんだ!ただメチャメチャ鬱陶しい!やめろ!」
さらに戦車をひっくり返していった。
またしても、背後かられもんギドラちゃんの攻撃を受けた。
「れもんギドラちゃん!!あんたの攻撃は本当に痛い!!特に尖ったヒールの先で蹴るのは止めてくれ!!俺は、そういうので興奮するタイプじゃないから」
シン太郎左衛門マンは、私の肩の上で、「赤勝て、白勝て」と、広げた扇子を振り回して踊っていた。
戦車を残らず裏返しにして無力化したのを確認すると、今度は1台ずつ丁寧に洞窟の外に運び出した。全部片付けたときには、全身が汗と埃にまみれていた。
最後の1台を地上に運び出して、洞窟の奥に戻ると、れもんギドラちゃんは、私の意図するところを多少は悟ってくれたように見えた。
私は、シン太郎左衛門、いや、シン太郎左衛門マンに「れもんギドラちゃんに、『迷惑かけて、ごめんなさい。もう心配ないから安心してね。これからも、れもん星を守ってね』、そう古代オチン語で伝えてくれ」
シン太郎左衛門は、難しい顔をして、
「父上マンは、シン太郎左衛門マンの古代オチン語の能力を見くびっておられまするな。拙者、読み書きとリスニング能力は、それなりでござるが、話すとなると、エロいことしか言えぬ」
「・・・お前、何なんだよ!剣術の稽古もサボってるし、古代オチン語も中途半端。『見くびる』も間違えた使い方をしてるし、反省しろ!」
「うむ。反省しきりでござる」
我々の会話を側で聞いていたれもんギドラちゃんが、思い立ったように私に近寄って、レモニウムを一粒渡してくれた。
それは、巨大化した私の掌の上では、仁丹よりも小さく見えた。
「父上マン、れもんギドラちゃんは賢い子でござるな。聞かされずとも、我々の想いを悟ってくれてござる」
「お前は少しれもんギドラちゃんを見習え!」
私はレモニウムをれもんギドラちゃんに差し出すと、
「・・・これは貴重なものだし、気持ちだけもらっておくよ。事情があって、家には持って帰れないんだ。君が食べてね」
れもんギドラちゃんは、レモニウムを受け取ると、
「今は食べない。また50年経ったら食べる。一度に2つも食べると、お腹が痛くなる」と言った。
「そうだね。大事に持っておいてね・・・それから、れもんちゃんが『よろしく』って言ってたよ・・・それと・・・」
私は、シン太郎左衛門マンからレモニウムで出来た王家の指輪を受け取り、れもんギドラちゃんに手渡した。
「これ、次に、れもんちゃんに会ったときに返しておいてくれるかな」
れもんギドラちゃんは頷いた。
帰り道、あちこちで岩を崩して、戦車では通れない程度に道を塞いでおいた。
洞窟の入り口に戻ったときには、疲労困憊の余り、勝手に父上マンから普通の父上に戻ってしまった。シン太郎左衛門マンは何も疲れることをしていないので、大きいままだったから、肩の上に自分よりも大きなヤツに乗られていた私は、顔から地面に倒れ込んだ。
「痛ってぇ〜!!」
その日受けた最大のダメージは、シン太郎左衛門マンによるものだった。
外はもう日が暮れかかっていた。
洞窟の入り口近くでは、ひっくり返して置かれた戦車を元に戻す作業が進められていた。
ロイヤル警備隊の面々は、そんな状況も素知らぬ顔で、引き続き車座になって雑談していた。私は素っ裸だったので、近付いて話をする気にはなれなかった。
今頃、れもん大王さんが、れもん星の偉い人たちに二度とレモニウムの採掘なんて考えないように、きっちり話を付けてくれているだろう。
夕焼け空が広がった。
鼻骨が折れていないか心配になるほど、鼻が痛かったが、そんなことも忘れてしまうぐらいに美しい夕焼け、これまでに見たこともない素敵な、素敵な、れもん色の夕焼けだった。
これからも、れもん星は、のどかで素敵な星であり続けるに違いない。
我々の任務は終った。
目覚ましが鳴った。
私は布団から這い出ると、目覚ましを止めた。全身あちこち痛かった。
取り敢えず立ち上がり、少し気になることがあって、電話器の置かれた棚の方に向かって歩いていった。
電話器の側に二つ折りにして置かれた昨夜のファックスを手に取って広げた。そのとき、電話が鳴り出した。
昨日のファックスの発信者が誰なのか、ぼんやりと分かってきた。用紙の最上部に印刷された発信元の電話番号は、今、目の前でファックスに切り替わった電話、つまり私の家のものだった。そして、「未来Bを救え」の筆跡は、よく考えれば私自身のものだった。送信日は、十年後の昨日だった。
届いたばかりのファックスを手に取った。
そこには、ただ「ありがとう」とあった。十年後のシン太郎左衛門ズからの感謝の言葉だった。
・・・・・
私たちは、これから、れもんちゃんに会いに行く。もちろん、JR新快速に乗って。
この世に永遠なんてないのは分かっている。しかし、我々は今、れもんちゃんの中に永遠と呼んでもよい何かを発見する。
れもんちゃんが宇宙一に宇宙一であることは、会う前から分かりきっていた。
れもんちゃんは、我々の日常に舞い降りた奇跡なのだから。
【劇場版】シン太郎左衛門(『れもん星の危機!!未来(フューチャー)Bを救え!!』) 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とカシワ鍋(あるいは「父上の勘違い」) 様
ご利用日時:2024年11月17日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。今回もダラダラと長いので、前置きはなし。
昨日は土曜日、れもんちゃんイブ。
最近、外食が続き、何となく肥えてきた気もするし、何となく体調もおかしい。久し振りに自宅で料理をすることに決めたが、お得意の「王さんの中華レシピ」では外食で食べているものと変わり映えがしない。
取り敢えず和食にすることを決めて、夕方、近くの駅前のスーパーに到着後、30分以上ウロウロと歩き回ったが、カゴはカラのままだった。
特設コーナーで高校生ぐらいの女の子が、余りの緊張に声を震わせながら、「美味しい明太子、とっても美味しい明太子、ご夕食に明太子はいかがですか。晩酌のアテに明太子はいかがですか。明日の朝食に明太子トースト、お昼に明太子パスタ、3時のオヤツに明太子はいかがですか」と、理不尽なまでの明太子ヘビーローテーションをゴリ押ししてくるのが微笑ましくて、1パック、カゴに入れたが、後が続かなかった。
「シン太郎左衛門、このままだと、今夜は明太子ご飯だけになってしまう。何かヘルシーでライトなオススメ料理はないか?」
「うむ。このところ、めっきり寒くなって参った。鍋になされよ」
「そうか・・・それはありだな。去年、卓上コンロを買ったが結局一度も使ってないしな」
「新品の土鍋もありまする」
「お〜、そうだった。金ちゃんが、動画サイトで見た猫鍋というのが可愛くて、モンちゃんにやらせようと土鍋を買ったが、見向きもされなかったらしい。部屋にあっても邪魔なだけだから、もらってほしいと言われて、もらってやった」
「卓上コンロ殿と土鍋殿は現在家の台所でホコリをかぶっておられる」
「うん。彼らを使おう。苦節1年、卓上コンロと土鍋のコンビは、本日、晴れてデビューすることになった」
「うむ。で、彼らのデビュー曲のタイトルは?」
「そうさなぁ・・・」
最近、二人の間で、私が出した曲名に合わせ、シン太郎左衛門が即興で歌うという下らない暇潰しが流行っていた。
「演歌っぽく、『オチンと一人鍋』にしよう」
「うむ。では歌わせて頂こう」
口笛によるイントロが始まったが、明らかにブルース・スプリングスティーンの『明日なき暴走』(Born to run)のパクリだった。
昼は会社のオフィス、眠たい目をして、
夢見るれもんちゃんドリーム
夜は卓上コンロと土鍋を出して
オチンと一人鍋
皿に盛られた白菜と
青い春菊、新鮮なカシワ
お〜お、ベイビー、明太子もあるんだぜ
はい、ご飯、あっ、レンチンご飯
温かいうちに食べようね
湯気の間に間に、可愛いれもんちゃん
途中で何度も鐘を鳴らして止めさせようと思ったが、1コーラス聞いてやった。
「お前、ちゃんとタイトルの意図を汲めよな。『オチンと一人鍋』だぞ。しんみりした演歌を期待してたんだ。所々歌詞がメロディに合わんし・・・鍋から立ち昇る湯気の向こうに現れるれもんちゃんの幻影に免じて零点とするのだけは許してやる。14点だ」
「おお、これまでの最高得点。ありがたき仕合せにござる」
「とにかく今日の夕食は鍋で決まりだ。一人鍋を敢行する」
「うむ。そうと決まれば、話が早い」
「いや、そうではない。俺は自慢じゃないが、鍋なんて作ったことがないからな。カシワ鍋のつもりが、カシワの味噌汁やカシワ入りのお雑煮になってしまう危険性は十二分にある」
「下手をすると、もっと変なモノが出来りますな。父上は危険人物でござる」
「レシピを誰かに訊こう・・・そうだ」
特設コーナーに戻ると、女の子は同前の口上で頑張っていたが、明太子は余り売れていない様子だった。
「つかぬことをお願いしたい」と切り出すと、女の子は明らかに怯えていた。
「大丈夫。俺は危険人物だが、怪しい者ではない。鍋の作り方を訊きたい」
「・・・鍋ですか?」
「そうだ。カシワ鍋の作り方を知りたい。教えてくれたら、もう1パック明太子を買おう」
「お母さんにLINEで訊いてみます」
「うん。頼んだよ」
店内をぐるっと回って、カシワと白菜と春菊を買って戻ると、女の子が嬉しそうに、スマホの画面を見せた。
「なるほど・・・分かった。ダシの昆布が必要なんだな。ありがとう。では、もう1つ明太子をもらおう」
買い物を済ませて、家に帰った。
エコバッグをダイニングテーブルの上に置き、明太子のパックを1つ取り出し、冷蔵庫に入れると、ポン酢を出して、卓上コンロと一緒にテーブルの上に運んだ。
「鍋はいいものだ。準備が実に楽チンだ」
土鍋をシンクで洗いながら、
「『シン太郎左衛門』もこんな調子で書けたら楽なんだが、最近は長いものばかりで結構骨が折れる」
「それも、そろそろ本当の最終回でござるな」
「そうだ。去年の5月の頭に書き始めて、早1年半を過ぎた。もうじき100話だ」
「父上・・・1年は52週でござる」
「そうだよ。だから?」
「毎週書いても、100話書くには、1年11ヶ月かかる計算になる」
「そうだね」
「そうであれば、単純に言って、まだ4ヶ月半残っておりまする」
土鍋を洗う手が止まった。
「父上、どんな計算をして、『シン太郎左衛門』が、もうじき100話と仰せでござるか。実際に数えられましたか」
「俺がそんな面倒なことをする訳がない・・・」
「では、100話まで、まだ残り15話ほど書かねばなりませぬ」
「・・・愉快な気分がブチ壊しだ。貴様、俺が楽しく一人鍋をするのが気に食わないようだな」
「ひどい言い掛かりでござる。拙者は事実を言ったまで」
「そうか・・・まあいいや。俺は馬鹿だから、こんな勘違いは日常茶飯事だ」
そうは言ったものの、頭の中は真っ白になった。
どうやって土鍋に浄水を入れて、ダシの昆布を入れて、コンロに火を点けるまでをやったのか記憶になかった。
「ああ、そうだ」
思い立って、スマホを取り出し、K先輩に電話をした。
「あっ、先輩ですか?例の手紙、もう投函しちゃいました?まだ?よかった・・・いや、書いてください。打ち合わせどおりに書いてください。でも、投函は来年2月末でお願いします・・・いや、段取り違いがあって、早々に送られると困るんです。そうです・・・れもんちゃんの枠を譲るのはダメです。クラブロイヤルは、他の女の子も可愛いから、他の女の子にしてください。だから、れもんちゃんの枠は、何と言われても譲りません・・・分かりました。バイト代を2倍にしますから、頼みます。くれぐれも、この電話の件は書かないでくださいね・・・そんな心配は無用です。先輩は、私が知ってる限りブッチぎりの馬鹿なんで、先輩のあるがままの姿を好きなように書いてくれたらいいだけです・・・はい。それじゃ、よろし
く」と電話を切った。
「K先輩とは話が付いた」
「・・・『シン太郎左衛門』シリーズのラスボスは、仕込みでござったか」
「そうではない。大王カフェ七号店の『星外からのお客様』コーナーで、K先輩とBの写真を見付けたのは事実だ。ただK先輩は底抜けに馬鹿な自由人だから、周りの人間の都合とか一切お構い無しだ。いつ手紙を送ってくるか、こっちで指定してやらないと、何をしでかすか予想もできん。『シン太郎左衛門』の連載終了から1年後に送ってこられても、何の意味もないだろ。だから、投函のタイミングだけは指定したのだ」
「父上、そろそろ湯がたぎって参りましたぞ」
「そうかい。ということで、K先輩の件は片付いたが、問題は『劇場版シン太郎左衛門』の方だ」
シン太郎左衛門は、皿の上からザクッと切った白菜の一片を引っ張っていき、「エイッ!」と掛け声を発して、鍋に放り込んだ。
「実は、100話完結後にオマケとして投稿予定の『劇場版』はもう完成しているのだ。12月の初めには投稿する気でいたからな」
シン太郎左衛門は、また「エイッ!」と声を発して、白菜を鍋に投じた。
「『劇場版』では、『大王カフェ』、『れもん大王』、『守護霊さん』が重要な役割を担っているのだ」
シン太郎左衛門は、「エイッ!」「とおっ!」と、次々に白菜を鍋に放り込んでいった。
「15作も間に挟んだら、読者は、『大王カフェ』のことも『守護霊さん』のことも、すっかり忘れてしまっている。それは不都合だ」
シン太郎左衛門は、白菜を残らず鍋に投じ終えた。
「『劇場版』は簡単に書き直しのできないような大作なのだ」
シン太郎左衛門は、今度は春菊に取り掛かった。両手に一茎ずつ春菊を持ち、上下にバタバタとさせながら、「コケッ、コケッ」と言いながら歩き回り、「コケコッコ〜!」と時を作ってから、玉串奉奠の要領で一茎ずつ丁寧に鍋に投じていった。
コイツ、何してるんだろ?と思いながら、私は「かくなる上は、やむを得ん。今回は鍋の話として、その次は『劇場版』を投稿しよう」と話し続けた。
シン太郎左衛門は、奇妙な作法に従って春菊を鍋に投じ続けていた。
「おい、そのオマジナイみたいのに何の意味があるんだ?」
「特に意味はないが、父上、そろそろカシワを入れなされ」
「分かった」
私はカシワを一気に鍋に投じた。
どう考えても、正しい作り方ではなかったが、それなりに美味しそうな匂いがしている。
立ち昇る湯気の向こうに、れもんちゃんの幻影は見えて来なかったが、それはやむを得ないことだった。
鍋はそれなりに美味しかったし、明太子ご飯も美味しかった。
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。昨日の鍋にパワーをもらった私はJR新快速で、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、宇宙一に宇宙一であり、昨日の鍋とは比較にならぬほどの強大なパワーを授けてくれた。
帰り際、れもんちゃんに見送ってもらいながら、
「私のミスだけど、来週の『シン太郎左衛門』は、脈絡もなく『劇場版』になっちゃったよ」
「そうなんだね〜」
「話は大袈裟だし、とっても長いよ」
「大丈夫だよ〜」
「『劇場版』は最終話のはずだったんだよ。おかげで、順番もメチャメチャになっちゃったし、もう何だか訳が分かんなくなっちゃったよ」
「それでも大丈夫だよ〜」
れもんちゃんは、細かいことにこだわらない大らかな女の子だった。そして、れもんちゃんの笑顔は、いつでも眩しかった。
さて、そういう訳で、次回は、
【劇場版】シン太郎左衛門(『れもん星の危機!!未来(フューチャー)Bを救え!!』)
「シン太郎左衛門」シリーズの最終話を、まだ本篇15話ほども残しながら、先行してお届けしよう。
シン太郎左衛門とカシワ鍋(あるいは「父上の勘違い」) 様ありがとうございました。
もみじ【VIP】(24)
投稿者:フジイくん様
ご利用日時:2024年11月13日
背が高い人が好みなので、もみじさんにしたのですが、スタイルも抜群、明るくどんどんしゃべりかけてくれてとても楽しい方でした。
はじめは日〇坂の佐〇木さんに似てるなと思っていましたが、鷲〇玲奈さんにも似ている美人顔です。
横顔は、他のお客さんの感想どおりベッ〇ー似だと思いました。
あまり時間の無い日だったので、短い70分でしたが、とても楽しめました。
今度は最低でも120分にしたいと思います。
夢の国に行ってわざわざ年齢を言わなければよかったかな~と思っています。
フジイくん様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とれもん星の思い出 様
ご利用日時:2024年11月10日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。今回は、まったりと長い話なので、前置きは抜きにする。
昨日は土曜日。無理矢理、出勤させられて、延々と続く無意味な会議が退屈すぎて眠ってしまい、気が付いたら、夕方、電気の消えた会議室のテーブルに一人うつ伏して寝ていた。みんな、すでに退勤していた。すぐに家に帰ったが、深夜を過ぎても眠気が起きない。
「いかん。明日は、れもんちゃんデーだから、十分に睡眠をとりたいのに、昼から夕方まで寝てしまったから、ちっとも眠くならない」
シン太郎左衛門は物知り顔で、「とりあえず布団に入って、羊を数えなされ」
「その手は、俺には通じない。100までは機嫌よく数えているが、そのうち頭が混乱してきて、却って目が冴える」
「うむ。それでは、一緒にれもん星に行きましょう」
「魔法の力で、夢の中でれもん星に行くやつね。あれは気絶したみたいに眠れるが、ほとんど疲れが取れないんだよなぁ」
「では、拙者一人で、れもん星に参りまする」
「待て待て。やっぱり俺も行く」
「では、参りましょう」
「ちょっと待て。せっかくだから、守護霊さんもお誘いしよう。守護霊さんが一緒だと、クソくだらない場所には行かなくて済みそうな気がする」
「うむ。それは、よい考え」
「問題は、守護霊さんと会話ができないことだ」
「コックリさんと同じ要領で話せばよかろう」
「あっ、そうか」
新聞の折込広告の裏面にフェルトペンで、はい・いいえ、そして、「あ」から「ん」の文字を書き、もちろん守護霊さんは平安時代の御方だから「ゐゑ」も書き足した。紙の上に十円玉を1枚載せて、
「守護霊さん、これでどうですか?」
と尋ねると、十円玉が紙の上を微かな音を立てて滑っていった。
「し・・か・・へ・・た・・す・・き」
十円玉が止まった。
シン太郎左衛門と顔を見合わせ、
「『しかへたすき』ってなんだ?」
「『字が下手すぎ』ではござるまいか」
「ああ、そうか・・・まあいい。守護霊さんも、れもん星に行きます?」
十円玉が動いて「はい」の上に止まった。
「それじゃ、これから電気を消します・・・あっ、消しちゃマズイか、常夜灯にしますから、『キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん』と十回唱えてくださいね」
十円玉が紙の上を動いた。
「り・・よ・・う・・か・・い」
シン太郎左衛門と顔を見合わせ、
「『了解』らしい」
部屋の灯りを暗くして布団に入ると、親子揃って、「キリンれもん、キリンれもん、キリンれもんちゃん」と10回唱えた。その間、枕元で紙の上を十円玉が動く音がシャカシャカと聞こえていた。
3人揃って眠りに落ちた・・・と思う。
そして、我々が着いたのは・・・
「ここは、どこだ?」
「おおっ、随分とオシャレな街並みでござるな」
よく晴れた青い空。春めいた風が吹いていた。手入れの行き届いた街路樹、幅の広い歩道には色とりどりの、しかし落ち着いた高級感のある舗装タイルが敷かれていて、あちこちに木製の可愛いベンチが置かれていた。時刻は、お昼前ぐらいだろうか。人影は疎らで、車道を走る車も少なかったが、通るのは決まって高級車だった。
「オシャレすぎる。はっきり言って、俺たちは場違いだ。オチンを連れて歩く場所じゃない」
「うむ」
「『うむ』じゃない!反省しろ!」
「反省いたしまする。で、これから、いかがなされますか」
「そうだなぁ・・・こんなところで、何をするって訊かれても・・・」と周囲を見渡していると、シン太郎左衛門が「おっ!!」と叫んだ。
「父上、あれを!」とシン太郎左衛門が指差す先には、「大王カフェ」の看板があった。
「これは凄い!きっと、れもん大王の経営するカフェだ。れもんちゃんのパパとママのお店に間違いない」
「実にオシャレなカフェでござるなぁ」
「うん。これも守護霊さんのお導きだ」
「でもお高いんでしょ?」
「大丈夫だ。夢の中の話だから、いくら使ったって実際の財布の中身に影響ない」
「それはまた有り難い。早速入りましょう」
お店は開店前なのだろうか、店の人が入り口の側の小さな黒板の「本日のランチ」とある下に、チョークで「大王イカ」と書いている最中だった。
「すみません」
「はい」と答えて、振り返ったのは、いつもクラブロイヤルの入り口で愛想よく迎えてくれる感じのいいスタッフさんにそっくりのれもん星人だった。
思わず、「またお前か!」と言いそうになって、言葉を飲み込み、代わりに「準備中?」と訊いた。
「あ、大丈夫ですよ。ご案内しますね」
と店内に導いてくれた。
「お一人様ですか?カウンター席にどうぞ」と言われたので、
「いいや、3人だ」と答えると、
「それでは、こちらのテーブルへどうぞ」と、綺麗な街並みが見渡せる窓際の席に案内してくれた。
我々が席に着くと、スタッフさんは、
「あいにく海の見えるお席は全てご予約が入ってまして。ご注文は、皆様お揃いになってからで、よろしいですね」と言うので、「いや、もう全員揃ってる」と答えると、スタッフさんはキョロキョロしている。椅子に座ったシン太郎左衛門はテーブルで死角になって見えないし、守護霊さんは居るのか居ないのか私にもよく分からなかった。スタッフさんの困惑は当然だった。
「小さくて見えないだろうが、俺の隣に江戸時代の武士がいて、そっちの席には平安時代の宮廷歌人が座ってる・・・はずだ」
「はあ・・・ところで、お客様自身は、何時代ですか?」
「俺?俺は昭和」
「では、ただ今、メニューをお持ちしますね」とスタッフさんは奥に戻り、お冷とメニューを持って戻って来て、丁寧に3人の前に置いた。
メニューには、それぞれ「平安時代」「江戸時代」「昭和時代」と書いたシールが貼られていた。全く同じメニューに見えたが、なぜか嬉しい心配りだった。
「今日のランチは、『大王イカ』って書いてあったけど、例のヤツ?」
「『例のヤツ』とは?」
「あの、大きいヤツだと20メートル近くになる巨大なイカでしょ?」
「違います。ご覧になったのは、書きかけで、今日のランチは『大王イカ墨リゾット』です」
「大王イカのイカ墨、使ってるの?」
「違います。とっても美味しい、普通のイカ墨リゾットです」
「ふ〜ん」とメニューに目を落とすと、品名は、大王コーヒー、大王ティー、大王クラフトビール・・・大王カレー、大王クラブサンドイッチ、大王ナポリタン・・・漏れなく「大王」を戴いていた。
「そういうことか・・・」
椅子にちょこんと収まっているシン太郎左衛門に「『大王カフェ』だから、すべてのメニューに『大王』が付くのだ」と教えてやると、「当然でござる」
「なにが『当然でござる』だ。知ったようなこと言いやがって。そこじゃメニューが見えないだろ。テーブルの上に上がってこい」
シン太郎左衛門は、ぴょこんとテーブルの上に跳び乗り、「おお、全てのメニューに『大王』が付いておる。流石は『大王カフェ』でござる」と喜んでいる。
「守護霊さんは何にします?」と訊くと、私の斜め前の席に置かれていた「平安時代」のメニューが正面の席まで、すーっと移動したので、その上に十円玉を置いてあげた。
十円玉の動くとおりに、「・・・大王パフェと・・・大王クリームソーダ・・・それに、大王ワッフルと・・・」と、読み上げた。
「シン太郎左衛門、お前は?」
「口がないと食べれない。拙者には口がない。よって拙者は食べれない」
「三段論法だな。いいから何か頼め」
「父上が選んでくだされ」
私はスタッフさんを見上げて、
「それじゃ、大王カレーと大王アイスコーヒー。それと、大王イカ墨リゾットと大王コーヒーのホットで」
注文を復唱すると、スタッフさんはメニューを引いて、奥に戻っていった。
「大王カフェ」という厳しいネーミングとは裏腹に、内装もとってもオシャレで可愛かった。そのうち次々とお客が来て、あっと言う間に、お店は一杯になってしまった。
しばらくして、スタッフさんは料理を運んできて、3人の前に並べ終えると、
「星外からのお客様ですよね?」と尋ねてきた。
「そうだよ。我々は地球からやってきた。ワ・レ・ワ・レ・ハ、チ・キ・ュ・ウ・ジン・ダ」
「当店、星外からのお客様の記念写真をお撮りして、店内に飾らせていただいておりまして、よろしかったら」と言うので、
「じゃあ、お願いしようかな」
シン太郎左衛門は、私の腕をよじ登って、ジャケットの肩に腰を下ろした。
「スタッフさん、あちらの席の御方も忘れないでね。守護霊さん、もっと寄ってください」
3人は料理を挟んで記念写真を撮ってもらった。
スタッフさんは、「記念写真には、お名前を添えさせていただきますね。何としましょうか?」
シン太郎左衛門がしゃしゃり出てきて、
「『シン太郎左衛門ズ フィーチャリング 守護霊さん』でお願いいたしまする」
「はい。かしこまりました。では、どうぞゆっくりとお召し上がりください」と、スタッフさんは去っていった。
「今日のスタッフさんは、いつもと様子が違うな」
「うむ。いつも良い感じで接してくれるが、今日は一際シャキッとしてござる」
シン太郎左衛門は、自席の背凭れに飛び移り、BGMのバッハに聴き惚れている。
「流石は、れもんちゃんのご両親のお店だな。何もかもが行き届いてる。料理も大変に美味しそうだ」
「うむ。何にせよ拙者には口がない」
「じゃあ、匂いだけでも楽しめ」
「拙者には鼻もない」
「お前、文句ばっかだな。じゃあ、黙って見とけ」
「ホントを言えば、目さえない」
「・・・まあいいや。守護霊さん、いただきましょう」
そう言った途端、突然耐え難いほどの尿意に襲われた。
「急にトイレに行きたくなった」
「うむ」
「『うむ』じゃない。お前も来なきゃ話にならん」
シン太郎左衛門を掴んで、ポケットにねじ込むと、
「守護霊さん、どうぞ先に召し上がっておいてください」
慌ててトイレに駆け込み、用を済ませ、スッキリとして店内を歩いていると、壁に掲げられた「星外からのお客様」のプレートの下に沢山の写真がキャプション付きで貼られていた。チラッと見ると、誰でも知ってる有名人がたくさん含まれていたが、具体的な名前を出すのは憚られる。
「凄いなぁ。この前、ワールドシリーズで優勝したチームのメンバーたちも来てたのかぁ」
そうこうしているうちに、貼られたばかりの我々の写真を見付けた。私の向かいにはボンヤリとした影が映り込んでいて、両手でピースサインをする髪の長い女性の輪郭がハッキリと見て取れたが、向こう景色が透けていた。
「なんか怖いなぁ」
シン太郎左衛門はマジックで塗りつぶされていて、不気味さに花を添えていた。
「どう見ても心霊写真だ・・・実際、心霊写真だしな」
テーブルに戻って驚いた。守護霊さんは、自分のパフェとワッフルとクリームソーダをスッカリ胃に収め、私のイカ墨リゾットやシン太郎左衛門のカレーにまで手を付けて、半分以上食べてしまっていた。
まさか、れもんちゃんの元に導いてくれた大恩人に「お前なぁ、勝手に人のモノを食うんじないよ!」とも言えず、何と言っていいものか思いつかなかったから、肩の上のシン太郎左衛門に「れもん大王に挨拶するのを忘れてた」と店の奥に向かって踵を返した。
スタッフさんに、れもん大王にご挨拶したいと伝えると、
「れもん大王さん、今日は本店ですね」
「本店って遠いの?」
スタッフさんは、私が面白いことを言ったかのように「本店があるのは、れもんシティ。北半球です」と笑った。
「そうなのか。時々こっちのお店にも来るの?」
「れもん姫が帰省したときには、必ず一緒に宇宙空母で来られますよ。ここ七号店は、れもん姫の一番のお気に入りですから」
「そうなんだ。それは感激だ」
ここは、れもんちゃんのお気に入りの店だったのだ。
席に戻ると、予想どおりイカ墨リゾットもカレーもなくなっていただけでなく、コーヒーまで全部飲まれていた。守護霊さんのいる辺りから、「げぷっ」という音が聞こえてきた気がしたが、聞き違えだろう。
「守護霊さん、少し散歩しましょう」
お勘定は渋沢栄一と津田梅子の各1枚でしっかりお釣りが来るところだったが、実際の財布の中身には影響しないので、財布に居るだけ渋沢栄一を渡した。
3人を見送りながら、スタッフさんはニコニコして「前の道を左に100メートルほど行くと、とても眺めがいいですよ」と教えてくれた。
とても気持ちのよい天気だった。言われたとおりに歩いていくと分かった。大王カフェ七号店は、海を見晴らす高台にあった。やがて、視界一杯に壮大な海が広がった。マリンブルーというよりも、コバルトブルーの静かな海だった。
「れもん星は素敵な星だ」
「れもんちゃんの故郷でござる」
「こんな素敵な星でもなければ、れもんちゃんみたいな素敵な女の子は、生まれないし、育たないのだ」
「うむ。相違ござらぬ」
しばらく黙って海を見ていると、肩の上のシン太郎左衛門が口笛を吹き出した。
「・・・『海を見ていた午後』。ユーミンだ・・・」
「山本潤子の方でござる」
「俺もそうだと思ったよ。『ソーダ水の中を貨物船が通る』の一節は日本のポップスの中で最も美しい歌詞の一つだ」
「うむ。それにしても素晴らしい眺めでござるな」
「このノンビリとしてホワーっとした感じ、これはまさに、れもんちゃんだ」
「うむ。今回はとてもよい旅でござっ・・・あっ、モモンガが飛んでる!れもん星では、海にカモメでなく、たくさんモモンガが飛んでおる!」
それからシン太郎左衛門は、「モモンガ、モモンガ」と、はしゃぎながら、モモンガたちを目で追っていた。
シン太郎左衛門の陽気な姿を見ながら、私の気持ちは少しばかり重くなっていた。
「シン太郎左衛門、今回、なんで守護霊さんが、俺たちを大王カフェに連れてきたか分かったんだ」
「ほほう。今日のランチがイカ墨リゾットだったから?」
「確かにそれもあるかもしれん。ただ、別の理由がある。俺はさっき『シン太郎左衛門』シリーズのラスボスが誰だか分かってしまったのだ」
「なんと!まさか岩熊馬之助でござるか」
「誰だよ、それ?」
「うむ、岩熊馬之助とは・・・」
「いいよ、説明しなくたって。そろそろ目覚ましが鳴りそうな予感がする・・・この話の続きは、また今度だ」
「うむ・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・目覚まし、鳴らないね」
「ジリリリリ!!」
「お前が鳴ってどうする!」
3人は目を覚ました。
夜は明けていたが、目覚ましが鳴るまでには、まだ1時間以上もあった。しかし、とても爽快な目覚めだった。
「守護霊さん、れもん星は、どうでしたか?」と尋ねると、昨夜作った簡易版ウィジャ・ボード(コックリさんの文字盤のこと)の上で十円玉が動き出した。
「た・・の・・し・・か・・つ・・た」
「ですね。沢山食べましたね」
「お・・な・・か・・い・・つ・・は・・い」
「でしょうね。美味しかったですか?」
「せ・・ん・・ふ・・お・・い・・し・・か・・つ・・た」
「よかったですね」
「い・・か・・す・・み・・り・・そ・・つ・・と・・と」
「『イカ墨リゾットと』」
「ほ・・つ・・と・・の・・た・・い・・お・・う・・こ・・お・・ひ・・い」
「『ホットの大王コーヒー』」
「さ・・い・・こ・・う」
「どっちも俺のじゃないか!」
「け・・ふ・・つ」
「ゲップをするな!」
シン太郎左衛門は物知り顔で、「父上、今回、守護霊さんは、初めて例の呪文を使われたゆえ、本当にお腹が一杯なのでござろうな」
「・・・どういう意味?・・・あっ!!しまった〜!!そうか、本来、あの魔法は、初めて使ったときに限り、れもん星のモノを持って帰れるものだったんだ!!忘れてた!!れもんちゃんグッズを探す余裕はなかったが、『大王カフェ』のロゴ入りコーヒーカップを譲ってもらえばよかった・・・」
悔やんでも悔やみきれない失策だったが、それに追い討ちをかけるような嫌な予感に襲われた。
「待てよ!まさか!!」
飛び起きて、階段を駆け上がった。書斎の机の上に置かれた財布を掴んで、中身を見た。れもんちゃんデーに備えて銀行からおろした渋沢栄一たちは全員行方をくらましていた。
「とんでもないことをしてしまった・・・」
その場でガックリと膝を折った。
今回、守護霊さんが初回だったから、我々はモノを持って帰ることも、置いていくことも出来たのだった。
そして、失意のうちにJR新快速に乗ったが、神戸駅に到着する頃には、すでに全身に元気がみなぎっていた。
れもんちゃんに会えるなら、他のことはどうでもいい。万事快調だった。
ATMでお金をおろした。
そして、れもんちゃんに会った。れもんちゃんは、宇宙一に宇宙一だったし、れもん星の青い海のように爽やかだった。れもん星の南半球の春風のように芳しかった。
帰り際、れもんちゃんにお見送りしてもらいながら、
「あっ、そうだ。れもん星の『大王カフェ』に行ったよ。とってもオシャレなお店だったよ」
「パパのお店は、リゾットとコーヒーが特別美味しいよ〜」
「そうだよね。絶対美味しいと思うよ。食べれなかったけど・・・」
「それはもったいないよ〜。また食べに行ってね」
「うん。分かった」
れもんちゃんの笑顔は、太陽のように暖かく、そして眩しかった。
行きたいのは山々だったが、再びあのお店に行けるという保証は、どこにもなかった。
おそらく二度と行けないと思う。
シン太郎左衛門とれもん星の思い出 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と守護霊さん 様
ご利用日時:2024年11月3日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。東南アジアから帰国すると、料理のレパートリーを増やしたいと言い出したので、エスニック料理のレシピ本を買い与えてやった。しばらく喜んで読んだ後、到底自分に作れるものではないことを悟り、すっかり悄げてしまった。そういう万事思い付きで行動するタイプの武士である。レシピ本はメルカリで売った。
前回のクチコミに書いたように、私は東南アジアの出張からボロボロになって帰ってきて、週明けの月曜からは、職場の連中に「お待ちかねの逆お土産タイムだ。どこそこの羊羹を二本、耳を揃えて持って来い」とか「どこそこの甘納豆を5000円分要求する」とかメールを送ったり、即応しないヤツには内線電話で督促したりと、大変忙しく過ごした。金曜日の午前中には、逆お土産の回収を完了、リュックサックを高級和菓子で一杯にして、今日はもうやることもないし、早退しようと考えていると、社長から電話がかかってきて、社長室に呼ばれた。ついに、クビになるのかと期待したら、取引先の新しい社長が挨拶に来たので、会っておけと言われた。
「今、忙しいからイヤ」と抗ったが、「君は入社以来一度として忙しかったことがない」と無理矢理付き合わされた。
取引先の新社長が待つ応接室に、ウチの社長を先頭に7人のお歴々と入室しかけたとき、「ねえ、みんなでグレイシー・トレインしない?」と訊いたが、スルーされた。格闘技好きの人事部長だけが少し笑った。
四十そこそこの新社長は中々のイケメンで、かなり美人の、若い女性秘書を連れていた。まあ、美人と言っても、れもんちゃんに敵う訳もなく、真面目に観察もしなかったから、濃紺のパンツスーツがよく似合っているぐらいの印象しかなかった。
新社長は自己紹介めいたことを語ったついでに、その女性秘書について、「アメリカの大学出身の才媛です」と言った。思わず「才媛と言っても、れもんちゃん以上であるわけがない。アメリカの大学と言ったって、ピンキリだしな。ちなみに、ウチの隣の金ちゃんはハーバード大学はもちろん、スタンフォード大学やUCLAのTシャツやトレーナーを持ってて、卒業生でもなんでもないのに平気な顔して外着にしているぞ」と言いかけて止めた。
その瞬間、アメリカ姉さんと目が合ってしまったのだが、なぜか怯えるような表情を浮かべていた。私はアメリカ姉さんには全く関心がなかったので、目線を窓の外に向けて、早く帰りてぇなぁと考えていた。
十五分ほど、社交辞令ばかりの退屈な時間が過ぎて、それではそろそろという感じで、全員が立ち上がり応接室を出た直後、アメリカ姉さんに「少しいいですか?」と声をかけられ、少し離れた場所に招かれた。ああ、手土産を渡されるんだな、高級和菓子なら、こっそり俺がいただこうと企んでいると、アメリカ姉さんは、「すいません。実は・・・」と言って黙ってしまった。
「『実は』って・・・あ〜っ!さては、お土産を忘れたな!」
「違います。お土産なんて最初から用意してません」
「な〜んだ・・・それじゃ、なんなの?」
「私、実は霊感が強くて・・・」
「おいっ!俺に壺でも買わす気か?」
「違うんです。ただ、私、霊感が強くって、人の守護霊が見えるんです」
「そう言って、最終的には壺を買わすんだろ!」
「違います。とりあえず壺は忘れてください。とても重要な話なので、ちゃんと聴いてください」
「よし。聴いてやろう。手短に頼む」
「あなたは、とても徳の高い、高貴な霊に守護されています」
「らしいな。十二単衣を纏った髪の長い女人だろ?平安時代に宮廷に仕えていた才女だ。それがどうした」
「・・・ご存知でしたか」
「俺には見えんし聴こえもしないが、俺が知り合った、『霊感が強い』と自称するヤツらは、口を揃えて俺の背後にそういう霊がいると言うんだ。んで、それがどうした」
「その御方から、あなたへの伝言をお預かりしています」
「なるほど、つまり留守電みたいなもんだな。それなら聞かない。俺はイエ電には出ないし、留守電も聞かない主義だ。投資の勧誘や投票のお願いに決まってる」
「そういうことではありません。『近々郵便が届くから、直ぐに開封なさい』とのことです」
「年金関係?」
「違います。『シン太郎左衛門』シリーズの今後に関わる重要な手紙だとのことです」
「くだらん!もう少しマトモな話かと思った。聴いて損した」
「その御方は、『言い付けに背けば、二度とクチコミの執筆に手を貸さぬ』とおっしゃっています」
「そうなの?」
「その御方は、あなたが『シン太郎左衛門』シリーズと称する駄文を書きながら、『ああ〜、面倒くさくなってきた!』と途中で投げ出すのを、横から霊的な力で手取り足取り、あなたのオツムのレベルに合わせた卑賤な文章を授けて、これまでどうにか形にしてこられたのです」
「そうだったのか・・・」
「それに、そもそも、れもんちゃんにあなたが出会えたのは、その御方のお導き。本来、あなたのようなオッチョコチョイが、れもんちゃんのような高貴な姫に出会うことがあってはならないのです」
「それは大した腕のある守護霊だ。大恩人だ。そういうことなら、言い付けに逆らうことは出来んな」
「それでは、郵便の件、よろしくお願いします」
「うん・・・ところで、会ったばかりなのに、俺がオッチョコチョイだって、すぐ分かったの?」
「それは、すぐに分かります。あなたは、あの御方の守護がなければ、遠の昔に死んでます」
「それは大変なもんだなぁ。お礼を言っておいてね」
その日の夕方、リュックサック一杯の和菓子を背負って家に帰ると、シン太郎左衛門に、「今日、凄い発見があったぞ」と、アメリカ姉さんとのやり取りを話した。
シン太郎左衛門も感心した様子で、「実に不思議な話でござる」
「まあな。俺が常々『シン太郎左衛門』には俺以外にも書き手がいるはずだ、と感じていたのには、ちゃんと理由があったのだ。これで、これからは安心してサボれる」
「うむ。そんなことを言っては守護霊殿に怒られまするぞ」
「そうかな。まあいいや」
「しかし、父上。そのような高貴な御方が今もこの部屋にいると思うと、緊張いたしまするな」
「うん。でも気にしてもしょうがない。今まで通りやろう」
「ところで父上、れもんちゃんにも守護霊がございまするか」
「そりゃいるだろ。れもんちゃんはVIPだぞ。SPがいるに決まってる」
「れもんちゃんぐらいのVIPになれば、SPは屈強な武将、上杉謙信、武田信玄あたりでござろう。拙者、肩身が狭い」
「何を言うか。れもんちゃんは、れもん星人だぞ。守護霊が日本の戦国武将の訳がない。れもんちゃんは、れもん星のアレキサンダー大王やナポレオンみたいな軍神の霊に守られているに決まってる」
と、そのとき、風もないのにテーブルの上の新聞が捲られて、ペンケースの上の赤ボールペンが宙に浮いたと思ったら、記事の上にサラサラと印を付けて、またペンケースに収まった。見ると、紙面に一から五までの漢数字が書き加えられていた。美しい筆跡だった。
「実に見事な手だな・・・」
書き添えられた数字の順番に文字を読むと、「れもん大王」となった。
「れもんちゃんの守護霊は、『れもん大王』だった。ヤッパリ感が半端ない」
「恐ろしく豪壮な英雄に違いありますまい。ところで、近々届くという郵便は何でござろう」
「俺に分かる訳がない」
「父上、『シン太郎左衛門』は100話までと決まってござる。もう少しで最終回でござる」
「だから?」
「つまり、『シン太郎左衛門』は、いよいよクライマックス。届く書状は、ラスボスの登場を告げるものござるまいか」
「これまで一回でも戦闘シーンがあったか?」
「最近、拙者、剣術の稽古を怠っておるゆえ、すぐにヤラれてしまいまする」
「れもんちゃんにも、すぐにヤラれてしまってるしな」
「うむ。お恥ずかしい」
「しかし、何だな。最初はギャグ漫画だったのに、話が進むにつれてシリアスになるって、よくあるだろ。そんでもって、悲壮で重々しい最終回になるのとか。ああいうのって嫌だよな」
「うむ。あれはいかん」
「『シン太郎左衛門』は、徹頭徹尾ゴミみたいな話で押し切ろうな」
「うむ。我々は元々ゴミでござる。このクチコミの中では、れもんちゃんだけが高貴に輝いておる」
我々はガッシリと手を握り合った。
そして、今日は、日曜日。れもんちゃんデー。
我々ゴミ親子は、JR新快速をアクセル全開にして、勇んで、れもんちゃんに会いに行った。
れもんちゃんは、素晴らしい上にも素晴らしく、まさに宇宙一に宇宙一の地位をほしいままにしていた。
シン太郎左衛門は、ときどき、れもん大王の影に怯えるようにキョロキョロと周りを見回していた。
帰り際、れもんにお見送りしてもらいながら、
「そうだ。れもん大王って、れもん星の英雄なんでしょ?」と訊いてみた。
れもんは、にっこりと、それはそれは可愛い笑顔で、「うん。そうだよ〜。れもんのパパだよ〜」
「えっ・・・そうなんだ」
「今は英雄を定年退職して、ママと一緒に、頑張ってオシャレなカフェを経営してるよ〜」
「れもん星で?」
「そうだよ~」
「元気にしてるんだね」
「うん。とっても元気だよ〜」
きっと、とっても仲のいいご家族なんだろう。
帰りの電車の中、私は、自分の守護霊さんに少しオッチョコチョイなところがあるかもしれないと疑っているのであった。
シン太郎左衛門と守護霊さん 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『おとぼけ観光大臣ちゃん』(あるいは『選挙の季節』) 様
ご利用日時:2024年10月20日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。今回、久し振りに観光大臣ちゃんが登場する。知らない人のために文末に注を置いた。しかし、なんで、今回に限って、こんな変な親切心を起こしたんだろうか?分からない。自分でも気持ち悪い。
れもんちゃんは、いつも優しい。
先の火曜日から3泊4日の日程で、東南アジアの某国に出張に行った。
搭乗手続きを済ませ、関西国際空港の国際線のロビーでゲートが開くのを待っていると、シン太郎左衛門が話し掛けてきた。
「ここは空港ではござらぬか?」
「いかにも関空だ。これから飛行機に乗る」
「なんと。父上は大の飛行機嫌い。国内であれば、沖縄でも電車で行くと言って譲らぬ男」
「そうだ。今回は海外だ。飛行機だ。悲劇だ」
「ついに日本に居れぬようなことを仕出かしましたか」
「違う。ただの出張だ。本来行くべきヤツが、理由は知らんが、最近出社拒否をしてるらしい。代わりに行ってくれと頼まれて、散々ゴネたが、最後は豪華な逆お土産を条件に引き受けた」
「逆お土産とは、何でござるか」
「俺が帰国したら、職場の者それぞれが俺の指定する豪華な和菓子をもって、嫌々異国で過ごした労をねぎらうのだ。俺はしばらくの間、合計50000円を越える和菓子に囲まれて暮らす」
「父上がお土産を買って帰るのが筋ではござらぬか」
「そんなこと誰がするか。馬鹿馬鹿しい」
「ひどい話でござる」
「まったくだよ」
私は、原因は全く分からないが、とにかく飛行機が苦手だ。こんな嫌なものはない。嫌すぎて半ベソをかきながら飛行機に乗り込み、指定の座席に座って、シートベルトを閉めると、一気に変な汗が出てきた。
「大丈夫。たった数時間のことじゃないか。あっという間だよ」
「下らん気休めを言うな!」
「新幹線と同じだよ」
「じゃあ新幹線に乗せてくれ!」
「でも、新幹線じゃ海は越えられないからなぁ」
「お前、今『新幹線と同じ』って言ったじゃないか。ウソつき!」
そんなふうに一人二役の言い争いをしていると、女性のキャビンアテンダントが寄ってきて、「アー・ユー・オーケー?」と声を掛けられた。
「・・・これがオーケーな人間に見えるか?ユーが、れもんちゃんだったら、アイ・アム・オーケーになるが、ユーが、れもんちゃんじゃないから、オーケーじゃない!」と言って追い返した。
しばらくすると、さっきのキャビンアテンダントが戻ってきて、お菓子の詰め合わせをくれた。「俺は子供か!」と怒った。
それから飛行機が某国の空港に到着するまでの長い時間、お菓子の詰め合わせを胸にしっかりと抱き締め、アワアワ言いながら過ごした。
異国の空港、スーツケースを引きずって建物の外に出ると、物凄い湿気と暑さが襲ってきた。
シン太郎左衛門も、「これは堪らぬ暑さでござるな。父上、日本に帰りましょう」
「そんなこと出来る訳がない。続けざまに飛行機に乗せるつもりか!こんなことなら、出張に行ったふりをして家に引きこもっておけばよかった」
空港からタクシーを飛ばして、予約していたホテルに急いだ。高速道路の両側では、夕陽を浴びたヤシの林が南国ムードを醸し出していた。シン太郎左衛門は、バッハの「トッカータとフーガ」の旋律を口笛で吹いていた。
やがてタクシーの窓から見る風景が、行き交う人々の活気を帯びていった。わりと立派なホテルの前で降ろされたから、これなら快適に過ごせそうだと思ったら、私の宿は隣の安ホテルだった。古い上に、建物全体が傾いているように見えた。
チェックインをして、部屋に入ると、更に驚かされた。部屋の中央に、むき出しのコンクリートの柱が屹立していて、とんでもない威圧感で私を迎えた。
「こんなでっかい柱と一緒に過ごすのか・・・相部屋なら相部屋と、最初から教えといてくれりゃいいのに」
とりあえずシャワーを浴びて、バスルームから出てくると、シン太郎左衛門も部屋の中央を占拠する太いコンクリの柱の偉容に声を上げた。
「おおっ!ずいぶん立派な柱でござるなぁ」
「だろ。こんな部屋、嫌だ。こんな無愛想で太い柱に串刺しにされた部屋なんて見たこともない」
「うむ。落ち着かないこと、この上ない。狭いとは言えぬが、窮屈で息苦しい部屋でござる」
「でも・・・もう何でもいいや。エアコンはガンガンに効いてるから、実に涼しい。それだけで十分だ」
私はもう悟りきったような気持ちになっていた。
しばらくボーっと過ごした。テレビに見るものはなく、部屋のどこにいても柱に見下されている感覚になって落ち着かない。眠たくもないし、クサクサした気分になっていると、窓の外で大勢の人が歓声を上げているのが聞こえた。
気になって、遮光カーテンを開けると、掃き出し窓になっていた。窓を開けて外に出ると広いベランダになっていた。
すっかり陽は沈み、南国の香辛料をまぶしたような爽やかな風が鼻腔をくすぐった。
三階のベランダの手摺から身を乗り出すと、学校の野球場ぐらいのグラウンドがホテルの側まで広がっていて、群衆が仮設のステージを取り巻いているのが見えた。その数ざっと千人程。左右から演台にスポットライトが当てられていたが、電力供給が安定しないのか時折照明が暗くなった。演台から離れるほど、闇は深くなるが、乏しい明かりの中でも熱気を帯びた人々の動きは見て取れた。
「なんだろう?すごい数の聴衆だな」
シン太郎左衛門はバスローブの陰からピョンと跳ね上がって、手摺の上に飛び乗った。
「おい、シン太郎左衛門、落ちないように気を付けろよ」
「うむ。父上、実に心地よい風が吹いておりまするな」
「ああ、夜風が気持ちいい」
「それにしても、大変な人の出。一揆でござるか」
「違うだろ。演台にスポットライトが当たってるから、街頭演説の類いだ。この国も選挙が控えてるのかもしれん」
そのとき、異国の言葉で、おそらく開会を告げるアナウンスが流れ、大聴衆の興奮が一気に高まった。広場は轟々たる歓声に包まれた。
小柄な若い女性が、観衆に手を振りながらステージに登ったとき、我々親子は揃って、「れもんちゃんだ!!」と叫んだ。
小柄な女性は、演台のマイクに向かって「観光大臣ちゃんだよ~!」と第一声を発した。群衆から天まで届くような歓声が上がった。
「父上、我々、れもん星に来ておりましたか?」
「そんなはずがない。俺たちは、東南アジアの某国にいる。どことは言えん。そこまで書いてしまうと、出国者名簿にアクセスできる人間に、俺が誰だかバレてしまうからな」
聴衆の歓声が収まると、観光大臣ちゃんは、再び、「観光大臣ちゃんだよ~!」と朗らかに声を上げた。またしても地を揺るがすような歓声が上がった。
「凄い歓声だ」
「うむ。遠くから見ても、れもんちゃんは大変な美人でござるなぁ」
「いや。れもんちゃんが、観光大臣ちゃんであるという確証は得ていない」
「父上、広場に行って、それを確かめましょうぞ」
「無理無理。あんな人混みを掻き分けて、近くまで行ける訳がない。ここから見ている方が無難だ」
聴衆の歓声が鳴り止むと、観光大臣ちゃんは、三たび、「観光大臣ちゃんだよ~」と声を上げたが、今回は何故か少し恥ずかしそうだった。月や星が落ちてきそうな大歓声が上がった。
「・・・全然、話が進まんな」
「うむ・・・」
聴衆の歓声が収まると、観光大臣ちゃんは、またしても、「観光大臣ちゃんだよ~!」と言った後、「応援演説やっちゃうよ~!」
地球が割れるほどの歓声が上がった。
「やっぱり選挙だったな」
「うむ。日本も衆議院選挙、アメリカも大統領選でござる」
「そうだね。そういう選挙は『シン太郎左衛門』シリーズで扱うネタじゃないけどね」
聴衆の歓声が収まると、観光大臣ちゃんは、「・・・原稿を置いてきちゃったよ~!」と言って、ピョコピョコとステージから降りていった。やはり凄まじい歓声が上がった。
しばらくして、観光大臣ちゃんが小走りでステージに戻ってくると、怒涛のような大歓声が迎えた。
観光大臣ちゃんが、気を取り直して、元気一杯「観光大臣ちゃんだよ~!応援演説やっちゃうよ~!」と言ったが、その最中に照明がスーっと薄暗くなってしまった。観光大臣ちゃんが「・・・原稿が読めないよ~!懐中電灯を取ってくるよ~!」と言うと、やはり火山の大噴火を思わす歓声が上がった。
シン太郎左衛門は「へへへ・・・れもんちゃん、可愛い」と、にやけた。
「れもんちゃんとは決まっていない。とりあえず、観光大臣ちゃんだ」
観光大臣ちゃんが懐中電灯を持ってステージに小走りで戻ってくると、当然のことながら、周囲の木々を薙ぎ倒さんばかりの大歓声が迎えた。
ぼんやりと暗い灯りの中で、観光大臣ちゃんが、「観光大臣ちゃんだよ~!応援演説、頑張るよ~!」と言った後、原稿を懐中電灯で照らしながら顔を近付けて読もうとしている。聴衆は、それを固唾を呑んで見守っていた。
すると、観光大臣ちゃんは、顔を上げて、「よく見たら、原稿じゃなくて、ティッシュだよ~!」
その言葉に大観衆の興奮は最高潮に達し、耳をつんざくばかりの大歓声が起こったかと思うと、いきなり強烈な突風が広場を襲い、千人を越える聴衆は次々と白い紙を切り抜いた形代に姿を変え、蝶々の大群のように夜空に渦を巻いて舞い上がっていった。そして、そのとき、どこからともなく、「れもん!れもん!」という「れもんちゃんコール」が聞こえてきたが、白い蝶々の群れが夜空の闇に消えていくと、辺りはキーンと研ぎ澄まされた静寂に包まれてしまった。広場は疎らな街灯を残し、完全に闇に沈んでいた。
我々は、訳も分からず拍手をしていた。
呆気にとられていたシン太郎左衛門が、「今のは一体・・・」
「・・・よく分からん」
「我々、夢を見ていたのでござるか」
「違う。夢ではない。きっと、飛行機に始まり嫌な出来事の波状攻撃を受けて、俺が打ちのめされているのを察知したれもんちゃんが、マジカルパワーで励ましてくれたに違いない」
「そんなことがありまするか」
「知らんが、そうとしか思えん。見ていて楽しかったし、元気になった」
「それでは、今のは『劇団れもんちゃん』の出し物、『おとぼけ観光大臣ちゃん』でござるな」
「うん。そういうことになる」
涼しい夜風が、果物のような甘い匂いを運んできて、一瞬恍惚としてしまった。
「・・・実によい夜でござるな。南国の夜も悪くない」
「うん。案外、異国も悪くない」
「そう気付かせてくれたのは、れもんちゃんでござるな」
「うん。れもんちゃんは本当に素晴らしいよ」
見上げると満天の星だった。
肌寒い風に誘われて、突然くしゃみをしてしまった。それは、広場の遥か向こうまで響き渡るような、でっかいくしゃみだった。
翌朝、ホテルのフロントで、この国は選挙が近いのか訊いてみたが、私の質問は清々しいほど見事に無視された。
そして、今日は日曜日。れもんちゃんデー。衆議院選挙の投票日。
れもんちゃんに逢いに行った。
れもんちゃんは、当然、宇宙一に宇宙一だった。感動の嵐が吹き荒れた。
帰り際、れもんちゃんにお見送りをしてもらいながら、「ああ、この前の出張のときは、応援してくれてありがとう」と言うと、れもんちゃんは、「ん?」と一瞬首を傾げたが、「うん。いつも応援してるよ~」と笑顔で答えてくれた。
れもんちゃんは、実に素晴らしい女の子である。
注)観光大臣ちゃん・・・れもんちゃんの出身地であるれもん星(これは当人が言っていることだから疑うべからず)の観光大臣。インバウンド政策に力を入れているが、バカ売れを期待して大量生産した「空気の缶詰め」の売れ行きが伸び悩み、在庫の富士山を抱えている。しかし、全然へこたれていない。私はモニター画面の粗い映像で見たことがあるだけだが、話し方、声などを考慮すると、その正体は、れもんちゃん当人である可能性が高い。
この他にも、『シン太郎左衛門』シリーズの登場人物には、金ちゃん、ラッピー、もんちゃん、(クラブロイヤルの愛想のいいスタッフさんに似た)れもん星人のような準レギュラーメンバーがいるほか、新兵衛、苦労左衛門、秋野晋作とその一族のような名前付きの者たち、あるいはA、B、T、Yなどのイニシャルで表される人物たちや、れもんちゃんダンサーズ、チクビ左衛門、お寿司ちゃん、Mさんちのお爺ちゃんのような今後再登場の見込みが全くない人々、CやK先輩のように名前を出すだけで終わった人々(彼らが出てくるエピソードは一応書いたが、論外に長くなったので、ボツにした)などがいる。
今後、これらの人物が再登場する場面があっても、今回のような注は付さない。
『シン太郎左衛門』シリーズは、れもんちゃんのクチコミだから、私のかつての交友関係やご近所付き合い等、本来全くどうでもいい話だ。
れもんちゃんが、余りにも素晴らしすぎるので、その素晴らしさに対抗しようと援軍をかき集めたら、このような状況になってしまったものとご理解いただきたい。
シン太郎左衛門と『おとぼけ観光大臣ちゃん』(あるいは『選挙の季節』) 様ありがとうございました。
まや【VIP】(24)
投稿者:修行様
ご利用日時:2024年10月24日
スレンダーな まやさんに癒されました。時間が合えばまた指名したいと思います。いつも出張でしか行けないロイヤルですが いい娘が多いのですばらしいです。また宜しく。
修行様ありがとうございました。
[1] [
2
] [
3
] [
4
] [
5
] [
6
] [
7
] [
8
] [
9
] [
10
] [
11
] [
12
] [
13
] [
14
] [
15
] [
16
] [
17
] [
18
] [
19
] [
20
] [
21
] [
22
] [
23
] [
24
] [
25
] [
26
] [
27
] [
28
] [
29
] [
30
] [
31
]
Next>>