ご来店日 2024年02月25日
シン太郎左衛門と金ちゃんの就職 様ありがとうございました。
ミヤモト様ありがとうございました。
ご来店日 2024年02月19日
シン太郎左衛門とダンボールのラケット 様ありがとうございました。
ご来店日 2024年02月11日
シン太郎左衛門と海外ドラマ2 様ありがとうございました。
ご来店日 2024年02月04日
シン太郎左衛門の原点回帰 様ありがとうございました。
ご来店日 2024年01月30日
レモン農家様ありがとうございました。
ご来店日 2024年01月28日
シン太郎左衛門とれもんちゃんのネイル 様ありがとうございました。
ご来店日 2024年01月21日
シン太郎左衛門と俳句 様ありがとうございました。
ご来店日 2024年01月16日
シン太郎左衛門とれもんちゃんのニセモノ様ありがとうございました。
投稿者:シン太郎左衛門と弟子の新兵衛 様
ご来店日 2024年03月04日
そのうち、シン太郎左衛門、「こら、新兵衛、お主、気合いが足らぬぞ!」と怒鳴った。「おい、新兵衛、どこへ行く。戻って参れ!」とも言っていた。(シンベエとは、何者なのだろうか?)と、少しは気になったが、布団の中を覗く気にはならなかった。
今日は日曜日。れもんちゃんに会う日。
多少睡眠不足だったが、概ね清々しい朝だった。新聞を取って、ダイニングに戻ると、シン太郎左衛門に話し掛けた。
「今朝は新兵衛が来てたな」
「うむ。新兵衛が来てござった」
「新兵衛はお前の弟子か?」
「新兵衛は拙者の弟子でござる」
「オチンの幽霊か?」
「オチンの幽霊ではござらぬ」
「そうか」
これ以上訊いても時間の無駄に思えたので、話題を変えた。
「シン太郎左衛門、今朝、郵便受けに封書が入っていた」
「売り込みか請求書でござろう」
「それが違う。普通の手紙だ。本当を言えば、この手紙、先々週には郵便受けにあるのを目にしていた。でも、なんとなく誰が差出人だか想像できたから、『消えてなくなんないかなぁ』と期待しながら放置しておいた。しかし、今朝見ても、まだあった」
「手紙は、新兵衛のようにトコトコ歩いて、どこかに行ったりはせぬものでござる」
話はまた新兵衛に戻ってしまった。
「新兵衛はトコトコ歩くのか?」
「新兵衛はトコトコ歩きまする」
「新兵衛は速く走ることはないのか?」
「新兵衛は足が遅い。トコトコ歩いて、ピタッと止まり、しばらくすると、またトコトコ歩く」
「新兵衛はちゃんと稽古をするのか?」
「新兵衛は一向に稽古をせぬ。怠けてばかりでござる」
「そうか」
しばしの沈黙の後、シン太郎左衛門が、「して、その手紙は誰から来たものでごさるか」と訊いてきた。
「あの手紙は、おそらく・・・いや、この話はやっぱり止めておこう。今は、そんな気分にならない」
私は、一人の知人の顔を意識の外に追い出した。
「うむ。では、新兵衛に話を戻すと致そう」
「うん。結局、新兵衛とは何者だ?」
「布団を捲ってご覧なされ。まだいるはずでござる」
「・・・なんか嫌だな。何が出てくるか教えろ」
「その生き物の名前を忘れた。最近、ボケが進んでござる。小さくて、黒くて・・・」
「ゴキヤンか?」
「ゴキヤンとは、何でござるか」
「ゴキヤンとは・・・」と言いかけたが、面倒臭くなって、布団を捲ってみた。敷き布団の隅っこに雄のコクワガタがじっとしていた。
シン太郎左衛門が「・・・あっ、そうそう、コオロギでござる」
「コオロギ?クワガタだけじゃなく、コオロギまでいるのか?」
「なんと。コオロギだけでなく、クワガタまでおりまするか?」
「・・・シン太郎左衛門、ちょっとズボンから出てこい」
シン太郎左衛門がジャージのズボンを引き下げて、ニュッと顔を出すと、私は布団の上の虫を指差して、「こいつ、お前の知り合いじゃないか?」
「うむ。まさしく新兵衛でござる」
「じゃあ、新兵衛はコオロギではなく、クワガタだ」
「新兵衛め。拙者をたばかりおったな」
「違う。新兵衛はお前をたばかってはいない。お前が勘違いをしただけだ」
「うむ」
「まあいい。可哀想に、何かの拍子で冬眠から目覚めてしまったのだろう。7時に起きればいいのに、5時起きを強いられる俺と境遇が似ている」
「哀れなヤツでござる」
「それなら、お前は6時に起きろ!」と声を荒げると、シン太郎左衛門は何故か急に晴れやかな表情になり、
「クイーンの『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』は良い歌でこざるなぁ」と、しみじみと呟いた。
「・・・そんな曲、どこで聞いた?ウチでは流してないぞ」
「昨日、チェーンの牛丼屋で流れてござった」
「昨日の昼御飯のときか・・・それが5時起きと何の関係がある!」
「何の関係もござらぬ。それを言うなら、れもんちゃんのクチコミと称しながら、この話のどこが、れもんちゃんと関係致しまするか。れもんちゃんに会う朝にピッタリの曲でござるゆえ、流してくだされ」
「お前は浅はかなヤツだな。この話は、れもんちゃんと無縁に見えながら、こんな他愛ない会話を交わしている親子の姿を通して、れもんちゃんに会う日の朝は、どんな下らないことをしていても、優しい気持ちで過ごせることを描いているのだ。間接的に、れもんちゃんの偉大さを表現する新企画だ」
「全然伝わらぬ。新しいとも思わぬ」
「そうか・・・じゃあ、失敗作だ」
スマホで動画サイトから『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』をループ再生しながら、朝のコーヒーを楽しんだ後、ジャージの上からコートを羽織って出掛けた。丘の上の公園に隣接する林で朽ち木の枝や落ち葉を拾って帰ると、押入れから蓋付きの小さな水槽を出し、砕いた朽ち木や落ち葉を配して、新兵衛を入れてやった。
「しばらく、ここで過ごせ。暖かくなったら、自然に返してやるからな」
台所で、お弁当用の小さなカップに脱脂綿を入れて、砂糖水を染み込ませた。
「父上、何をしてござる」
「新兵衛のご飯を用意している。春になっていないのに起こされた挙げ句、望みもしない剣道の練習をさせられて、気の毒なヤツだ。元気が出るように、今日は特別に蜂蜜も加えてやろう」
「拙者も少し味見してよろしいか」
「ダメだ。これは、お客様用のご馳走だ」
そして、今日も、れもんちゃんに会った。もう言わなくてもいいことかもしれないが、れもんちゃんは当然宇宙一で、宇宙一可愛くて、『可愛かった』。
「今回のクチコミは、ゆる~く書くことをテーマにしてみたけど、どうやら失敗作らしい」と言うと、れもんちゃんは「失敗作でもいいよ」と優しく笑っていた。
この笑顔もまた宇宙一だった。
考えてみれば、雑草たる『シン太郎左衛門』に成功作も失敗作もなかった。
帰りの電車の中で、シン太郎左衛門は、上機嫌で『ボーン・トゥ・ラブ・ユー』を民謡調に歌っていた。とてつもなく様になっていた。
「シン太郎左衛門・・・お前、どうしてそんなに英語が上手で、歌も上手いのだ?」
「拙者、フレディ・マーキュリーの生まれ変わりでござる」
「ふざけたことを言うな!」
「うむ・・・ところで、父上、郵便受けの手紙は、結局、誰からのものでござるか」
「あれは、おそらくBからのものだ。BはA同様、学生時代からの知り合いだが・・・コイツの話はしないことに決めているんだ」
「恐ろしい秘密が隠されてござるか」
「秘密などないが、説明に余りにも多くの時間を要するのだ。コイツに比べれば、まだAの方が理解しやすい。Bは超人的な頭脳の持ち主だが、俺が知る正真正銘の変人の一人だ。風貌も行動も異様すぎて、周りのみんなが怖がっていた」
「うむ。そんな人物からの手紙を放置しても大丈夫でござるか」
「問題ない。俺は昔からずっとBに怨まれているし、ヤツの俺に対する怨みは今更どうこう出来る性質のものではない。それにBの手紙なら、開けても、すぐ読めるものではない。前に受け取った手紙は解読に一年半かかった。まあいい。俺たちには、れもんちゃんがいる。Bなんて、どうでもいい」
家の最寄り駅で降りると、爽やかな夜風が吹いていた。ただ、たとえ今、突然の大雨が降り出しても、私は濡れながら平然と歩き出すのだ。
れもんちゃんがこの世にいれば、他のことは単なるオマケでしかなかった。
シン太郎左衛門と弟子の新兵衛 様ありがとうございました。