福原ソープランド 神戸で人気の風俗店【クラブロイヤル】
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れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とれもんちゃんのネイル 様
ご利用日時:2024年1月28日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。「ござる」以外に武士らしい言動もなく、近頃は、れもんちゃんという支えを失ったら、すぐに出家すると公言している。武士の風上にもおけない、ふざけたヤツである。
今日、日曜日、れもんちゃんに会う日。シン太郎左衛門は、布団の中で二、三回「やぁ!とぉ!」と掛け声だけ上げると、「今日の稽古は以上」と宣った。
「これだけ?もう少しやれよ」と言うと、「これで十分でござる。もう武士は飽きてきた。転職を考えてござる」
「転職?お前、別に仕事として武士をしてないだろ。つまり、お前は『無職』だ」
「うむ。しかし、『無職』では外聞が悪い。履歴書には『家事手伝い』としてござる。これから早速就職活動をする積もりでござる」
「就職活動?」
「うむ。れもんちゃんの美しさをよりよく理解するために、アパレルかネイルサロンで働く積もりでござる。第一希望は美容院でござるが、拙者、先端恐怖症ゆえ、ハサミを持つと、オシッコを漏らしまする」
「それは美容師としては致命的だ」
「うむ。カミソリなど、もっといかん。最悪の事態が起きまする」
「それ以上、言わんでいい」
この会話を続けるのが嫌になったので、「あっ、ネイルで思い出した。話は全く変わるが、昨日、久しぶりに、お寿司ちゃんに会ったぞ」と話題をすり替えた。
シン太郎左衛門は眉をひそめて、「ん?お寿司ちゃんとな」
「そうだ。お寿司ちゃんだ・・・いや、お寿司ちゃん改め、ラーメンちゃんだ」
「それは、何の話でござるか」
「あれ、お前にお寿司ちゃんの話をしてなかったか?」
「聞いたこともござらぬ。それは、クラブロイヤルの女の子でござるか?それとも他店の?」
「馬鹿なことを言うな。俺は、絶対れもん主義者だ。お寿司ちゃんとは・・・」
私が密かに『お寿司ちゃん』と呼んでいるのは、年の頃は二十四、五、パッと見は地味なOL風の女性だった。通勤電車の中で数回見かけただけで、それ以上のことはない。
「電車の中で見ただけでござるか」
「そうだ。平日ではない。土曜日の比較的空いた電車で隣の席になったことが、これまで3回ある」
初回に隣合わせたのは半年ほど前だった。私は本を読んでいたのだが、ふと隣の女性の、スマホを触る指先に目が行った。色使いが華やかで、思わず見入ってしまった。
「一目では何の絵柄だか分からなかったが、じっくり観察すると、かなり斬新なネイルだと分かった」
「と言いますると?」
「お寿司の細密画だった」
「それで『お寿司ちゃん』でござるか。安易なネーミングでござる」
「いかにも安易だが、指の一本一本違うお寿司ネイルだ。トロありエビあり鯛あり玉あり、イクラの軍艦巻、カッパ巻、バランにガリが添えてあったり、どれもが、それは細かい筆遣いで、一つ一つの米粒が見分けられるほど、実物に似せて緻密に描いてあった。どれだけ時間と金を使ったのかと感心してしまった」
「なるほど。そこまでするのは『お寿司ちゃん』以外には考えられませぬな」
「だろ?だから、お寿司ちゃんだ。右手の中指にはアガリの湯呑みだ。さすがに魚へんの漢字を並べてはなかったが、『寿し』と書いてあって、『し』の字の先っぽはヒラヒラと波打っていた」
「お寿司ちゃん、相当変わった人でござるな」
「うん。まだ続きがある」
それから1ヶ月ほど経ったある日、また偶然その女性と隣の席になった。
「すぐにはお寿司ちゃんだと気付かなかったが、ふとした拍子に隣の女性客の手元に目が行って、思わず『あっ、お寿司ちゃんだ』と心の中で叫んで、顔を見た。微かな記憶だが、同一人物に間違いなかった」
「お寿司のネイルでござったか」
「うん。さらに気合いが入っていた。アクリルを盛り上げたものか、どう作ったかまでは分からんが、指先の一つ一つにお寿司の模型のようなものが乗っていた。小指の先程のミニチュアではあったが、もはや爪などすっかり隠れて見えなかった。右手の中指には、親指の先程の湯呑みがポコンと乗っていて、魚へんの漢字が周囲にぐるりと書いてあった」
「そんなことをして、普段の生活に支障が出ませぬか」
「出てると思う。それに屈しないのが、お寿司ちゃんだ」
「何かの罰ゲームではござらぬか」
「いや。俺に見られているのは、ウスウス察していただろうが、臆する様子もなかった。むしろ、誇らしげですらあった」
「お寿司ネイルに全てを捧げてござるな。完全に変人でござる」
「うん。でも、まだそれで終わらないのだ」
そして、昨日、その女性と電車で乗り合わせた。前回から、5ヶ月は経っていただろう。
「電車に乗ったら、優先座席に座っているお寿司ちゃんに気が付いた。急いで、隣の席に座り、その指先を見て、愕然とした。『ラーメンちゃん』になってしまっていた」
「テナントの入れ替わりは、よくあることでござる」
「うん。もはやネイルと呼んでいいのかも分からんが、煮玉子とかチャーシューとかメンマとか、ラーメンのトッピングのほぼ原寸大の食品模型と思われるもの、寸を縮めた丼や割り箸、レンゲの模型が、全ての指の爪の上に貼り付けてある。ごちゃごちゃした感じだし、お寿司のときに比べて、細工が雑で格段に見劣りする。『ええ、もう、どうとでもなれ』というヤケクソな印象さえあった」
「一体何が起こったのでござろうか」
「分からん。気にはなったが、俺は完全な赤の他人だ。立ち入ったことを訊く訳にもいかん。知らん顔をして、本を取り出して読み始めた。ただ、視界の隅でスマホの操作に大苦戦するラーメンちゃんが気になって、本に集中できんかった・・・お寿司ちゃん改めラーメンちゃんについては、以上だ」
「なるほど・・・何をしてくれることやら。父上、仮にも、これは、れもんちゃんのクチコミでござるぞ。父上の周りの変人のことなど、誰も関心はござらぬ」
「分かってる。お待ちどう様。ここからいよいよ、れもんちゃんのネイルの話だ」
そう。れもんちゃんのネイルは素晴らしい。特に今回のは、素敵すぎるのだ。
「俺は、れもんちゃんの今のネイルが大のお気に入りだ。これまでのも好きだが、今回のは特に良い。本当に素晴らしい」
「うむ。今回のれもんちゃんのネイルは雪をテーマにしてござるな」
「そうだ。それも、ただの雪ではない。ちゃんと語ってやるから、しっかり聴け」
「畏まってござる」とシン太郎左衛門は正座した。
「想像しろ。俺たちは今、中世の面影を残したヨーロッパの小さな町にいる。季節は冬だ」
「うむ。拙者、ヨーロッパには縁がござらぬ。全く想像できん」
「じゃあ、黙って聴いとけ。時刻は夜の10時過ぎ。辺りには人影もなく、冷たい風が、降る雪を千々に乱している。俺はコートの襟を立てて、背中を丸めて歩いている。大きなスーツケースが積もった雪に阻まれて、道行きは難渋を極めている。靴には凍った水が染み込んで、爪先が痺れている」
「寒そうでござる」
「寒いなんてもんじゃない。吐く息も凍る寒さだ。鼻水が垂れて、鼻の下で固まって、二本のツララになっている」
「まるでセイウチの牙のようでござるな」
「うん。極めて恥ずかしい姿になってしまった。そんな情けない格好で、宿泊先のホテルを探して道に迷った俺は、ふと足を止める」
「セイウチのように吠えるためでござるな。セイウチは何と鳴きまするか」
「知らん。立ち止まったのは、吠えるためではない。そこに、とても可愛い小さな家があって、街灯もない暗い通りに面したガラス窓に、室内の暖炉の焔が仄赤く暖かい影を揺らしている。その暖かく柔らかい赤色を、窓の縁を飾った白い雪が優しく包み込んでいるように見える。その光景に一瞬にして寒さを忘れた。まるで、マッチ売りの少女が小さな炎の中に見た幻影のように、涙が出るほど懐かしくも、切なく、美しくて、思わず『れもんちゃ~ん!』と叫んでしまう・・・これが、今回のれもんちゃんのネイルのイメージだ。雪の結晶が絶妙なアクセントになっている。つまり、今回のれもんちゃんのネイルは、ヨーロピアン・テーストで、ハート・ウォーミングで、上品で、可憐で、美しく、可愛い」
「うむ。れもんちゃんは、全てにおいて、実に行き届いた宇宙一でござる。ただ、今の父上の説明から、れもんちゃんのネイルのデザインを思い浮かべるのは至難の業、いや不可能でござる」
「そうだろうな。まあいいさ。いずれにしても、今日これから、れもんちゃんに会うのだ。ネイルもしっかりと観賞しよう」
「うむ。楽しみでござる」
そして、れもんちゃんに会ってきた。宇宙一に更に磨きが掛かっていた。ただ軽くショックだったのは、これだけ一生懸命にクチコミを書いたのに、あの雪のネイルは先週で終わってしまっていたのである!
でも、新しいキラキラのネイルも、もちろん素敵だよ~ん。
シン太郎左衛門とれもんちゃんのネイル 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と俳句 様
ご利用日時:2024年1月21日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ここしばらくは剣術の稽古もせずに、何を思ったか、この数日は俳句ばかり作っている。
今日、日曜日なのに午前中、仕事だった。仕事を済ませ、れもんちゃんに会うために神戸までの電車に乗っている間も、シン太郎左衛門は俳句を作っていた。
「俳句は楽しいか?」
「楽しいと思ったことは一度もござらぬ」
「じゃあ、なんで、そんなことをしているんだ?」
「ボケ防止」
「そうか。ボケ防止は大切だ。沢山できたか?」
「500ほど作り申した」
「俺は、年末年始、暇を持て余していたので、クチコミのネタを沢山考えたが、メモを取らなかったので、全部忘れてしまった。だから、今日投稿するクチコミのネタがない。前置きなしに、いきなり『そして、今日、れもんちゃんに会った。やっぱり宇宙一だった』とは出来ないから、お前の俳句をいくつか使わせてくれ」
「ならぬ」
「ケチなことを言うな」
「いや、ケチではござらぬ。理由がござる」
「どんな?」
「拙者の俳句は全て辞世の句でござる。時期が来るまでは、人には言えぬ」
「500個全部?」
「うむ。拙者、辞世の句しか詠まぬ」
「なんで、そんなことするの?」
「ボケ防止」
「いや・・・いいから、二つ三つ教えてくれ」
「いよいよとなれば」
「いや。そんなに待てない。それに、いよいよとなったら、俺自身が俳句を聞いてられる状態にない。今、言え」
「では、一つだけ教えて進ぜよう・・・『れもんちゃん、もっと会っときゃ、よかったな』」
「それ・・・自信作か?」
「うむ。辞世の句でござる」
「・・・『自信作』と『辞世の句』は音が似てるな」
「うむ。似てござる」
「『れもんちゃん、もっと会っときゃ、よかったな』か・・・他のも大体このレベル?」
「うむ。拙者、技巧に走ることは望まぬ。思うがままを詠ってござる。他には、『幽霊に、なっても会いたい、れもんちゃん』『幽霊に、なったら、予約が、取りにくい』」
聞いてるこっちが恥ずかしくなったが、あからさまに言えば、シン太郎左衛門の機嫌を損ねるのが目に見えていたので、「辞世の句は人目に晒してはダメなものだと、よく分かった」と婉曲に不興を伝えた。しかし、シン太郎左衛門には響かなかったようで、
「『あの世でも、思い出すのは、れもんちゃん』『れもんちゃん、お盆の予約、よろしくね』」
「もういい。もう少し楽しい話をしよう。これから、れもんちゃんに会うんだしな」
「うむ。『れもんちゃん、ふんわりふわふわ、いい匂い』『れもんちゃん、お目々ぱっちり、エロ美人』『れもんちゃんに、会うのは、いつでも、楽しみだ』」
「もう普通に喋ろう」
「いや、興が乗ってまいった。『可愛くて、みんな大好き、れもんちゃん』『れもんちゃん、メロンじゃないよ、れもんだよ』『れもんちゃんの、俳句はいくらでも、作れるよ』」
「そりゃ、そうだろ。普通に言えばいいことを、無理に五七五に押し込めようとしてるだけだ」
「『普通でない、破格の可愛さ、れもんちゃん』『れもんちゃん、ああ、れもんちゃん、れもんちゃん』・・・」
神戸駅に到着するまで、シン太郎左衛門の「俳句」は止まることがなかった。うんざりした。
そして、今日も、れもんちゃんに会った。
帰りの電車に乗ると、シン太郎左衛門は「芥川賞候補」のタスキを付けて、『れもんちゃん、今日もやっぱり、宇宙一』を皮切りに、延々と『れもんちゃん俳句』を並べ立てた。それを横目に、私はこのクチコミを書いた。
家の最寄り駅で電車を降りると、凍った夜風に思わずコートの襟を掻き寄せた。シン太郎左衛門は、「木枯らしを、梅ごちとなす、れもんかな」と言ったきり、黙ってしまった。
「満足したか?」
「結局、俳句は拙者の趣味ではござらぬ」
「そうか。もう少し早く気付けばよいものを。そもそも、にわかの俳句で、宇宙一のれもんちゃんを扱うなど無謀の極みだ」
シン太郎左衛門は、「芥川賞候補」のタスキをホームのゴミ箱に投げ捨て、「れもんちゃん音頭」を口笛で吹き始めた。
ちなみに「れもん」は秋の季語である。しかし、我々には春夏秋冬、おしなべて「れもんの季節」なのである。
シン太郎左衛門と俳句 様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門とれもんちゃんのニセモノ様
ご利用日時:2024年1月16日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。前回軽く触れたロボットの話をしておく。
三が日が終わった辺り、4日だったか5日だったか覚えていないが、朝、宅配便が届いた。Aからだった(昨年12月17日のクチコミを参照のこと)。品名に「ロボット」と書いてあるのを見て、そのまま庭に投げ捨てて、朽ちるに任せたい気持ちになったが、取り敢えずリビングに持ち込んだ。
「シン太郎左衛門、またAからロボットが届いた」
「年明け早々、縁起でもないことでござる」
「今回は箱も開けずに済ますか」
「うむ。それがよかろう」
「いや。でも、なんか気になる。中身を見るだけは、見ておこう」
段ボール箱を開けると、やはり封筒があって、その下に新聞紙でくるまれた物体が潜んでいた。封筒から取り出した便箋を広げ、最初の数行を読んで、思わず「何じゃ、こりゃ」と叫んでしまった。
「父上、いかがなされました」
「これは・・・読んで聞かせてやる」
シン太郎左衛門がズボンのチャックを内側から開けて、テーブルの上にピョコンと飛び移ると、私はAからの手紙を声に出して読んだ。
あけおめだよ~ん。
ネコ型ロボット『俊之』は気に入ってくれたようだな。クラブロイヤルのHPで、お前の書いたクチコミを読んだぜ。もう少し遊んでくれたら、俊之の真の実力が分かったものを、早々に隣の金ちゃんにやってしまったようだな。
ということで、『俊之』を手放して寂しくなっただろうから、代わりにもっと素敵なお相手をプレゼントしよう。
箱入り娘型ロボット『れもんちゃん』だ!!電源を入れると、約1分で起動する。今度は大事にしてくれよな。月に最低一度は美容院に連れて行ってくれ。
怪人百面相より
追伸。俺も、実物のれもんちゃんに会いたいと思いながら、ずっと完売で予約が取れない。お前のせいでもあるんだぞ!そのうち、シバく。
「以上だ」
「父上、身バレしてござる」
「俺のクチコミなど誰も読まないと、油断していた・・・アイツには知られたくなかった」
「ピンチでござるな」
「しょうがない。Aには消えてもらおう。何が『怪人百面相』だ。俺だって、着脱式のオチン武士を自在に操る怪人だ。シン太郎左衛門、この荷札にAの住所が書いてある。お前一人でAの家に忍び込んで、隙を狙ってヤツの心臓を一刺しにしろ」
「拙者が・・・でござるか」
「そうだ。お前は武士だ。それぐらい容易いことだ」
「うむ。拙者、武士でござる」
「ちなみに、お前の剣術の流派は何だ?」
「流派とな・・・」
「柳生神影流とかあるだろ」
「大きな声では言えぬが、拙者、池坊の流れを汲む者でござる」
「池坊?・・・それはお華の流派だ」
「うむ。拙者、お華が大好きでござる。正確に言えば、振り袖を着てお華を活けるれもんちゃんが大好きでござる」
「そうか。それは、うっとりするような光景だな。れもんちゃんは、お華をするのか」
「うむ。れもんちゃんは、穴澤流でござる」
「穴澤流?それは、薙刀の流派だな」
「うむ。れもんちゃんは、薙刀の達人でござる。一振りで百人の首が飛ぶ」
「・・・それは嘘だな」
「いかにも嘘でござる」
「お前、メチャメチャだな」
「うむ。拙者、メチャメチャでござる」
「そんなこと、自慢気に言うな」
しばしの沈黙の後、「まあいい」と、私は段ボール箱から新聞紙に包まれた物体を取り出し、包装を解いた。
「見ろ。俊之と全く同じ大きさだ。同じくタダのプラスチックの箱だ。マイクとカメラとスピーカーが内蔵されているのも同じだ」
「色が違うようでござる」
「いや、箱の色は同じだ。ただ、今回のは果物のシールが沢山ペタペタ貼ってある。オレンジに桃、ブドウにキーウィ、メロンに洋ナシ、スイカもイチゴもある・・・ただレモンはない」
「うむ。悪意を感じまする。動かしまするか」
「止めておこう。変な胸騒ぎがする」
「では、金ちゃんに押し付けましょう」
「そこが悩み所だ。仮にも『れもんちゃん』と名付けられたものをあだ疎かにはできない」
「では、電源を入れてみまするか」
「いや、そんな気持ちには到底ならない」
結局、隣の家に持っていくことにした。
家を出ると、シン太郎左衛門が、「ところで、金ちゃんはこの前の『俊之』をどうしたのでござろうか」
「すっかり忘れてた。元旦に会ったとき、訊けばよかった」
呼び鈴を鳴らすと、金ちゃんのママが出た。金ちゃんは寝ているとのことだったが、緊急の用事だと言って、家に上がり込んだ。
部屋に入ると、寝起きの金ちゃんは、布団の上であぐらを組み、髪の毛はボサボサ、目はまだ半分閉じていた。
「金ちゃん・・・お前の寝起き姿がセクシー過ぎて、用件を忘れてしまった。あっ、そうだ。緊急事態だ」
金ちゃんは目を擦りながら、「はい、はい」と、あくび混じりに言うだけで、てんで真面目に聴いてない。
「落ち着いて聴け。今、お前の家が火事だ」
「そうですか・・・逃げたらいいんですか?」と、まともに取り合う様子もない。
「いや。もう手遅れだ。すっかり火の手が回ってしまった。一緒に死んでやろうと思って、来てやった」
「それはご苦労様です」
「礼は要らん。ところで、年末に上げたロボットはどうだった?」
金ちゃんは、ドテラを羽織ると、しばらく考えた挙げ句、「ああ、あれ。あれ、むっちゃ怖かったですよ」
「怖かったか?」
「ひどいもんですよ。あれ、オジさんの趣味ですか?」
「違う。『怪人百面相』と名乗る大馬鹿野郎が送り付けてきた。悪質な嫌がらせの類いだから、お前に押し付けた」
「オジさん、最低ですね」
「そうだ。俺は最低だ。で、どんなふうに怖かった?」
「電源入れて、しばらくすると、お仏壇の鐘みたいに『チーン』って音がして、その後、お経が始まりました。気持ち悪いでしょ?」
「・・・それから?」
「それから、年をとった男の声で、『はぁ・・・はぁ・・・』って、息苦しそうに、ずっと呻いてるんです」
「コワっ!」
「でしょ?怖すぎて、急いで電源を切りました」
「お寺に持っていって、お祓いしてもらったか?」
「そんな面倒くさいことしてません。まだ、そこにあります」と、金ちゃんが指差す先に、クリーム色のプラスチックの箱が転がっていた。
「お前、よくこんなものと一緒に暮らせるな」
「電源入れなきゃ、ただの箱ですからね」
「見上げた根性だ。そういう君に、はい・・・プレゼント」と、『れもんちゃん』を差し出した。
金ちゃんは、複雑な表情を浮かべ、「これ、受け取らなきゃダメですか?」
「当たり前だ。『れもんちゃん』だぞ。ありがたく受け取れ」
「そんなにありがたいものなら、なんで、僕にくれるんですか?」
「本当の『れもんちゃん』じゃないからだ。早く受け取れ」
金ちゃんは、渋々手を伸ばしながら、「オジさん、何度も訊いてるけど、れもんちゃんって、何なんですか?」
「お前なぁ、毎回毎回、同じことを言わせやがって。れもんちゃんは宇宙一だって、言ってるだろ。もちろん、それは本物のれもんちゃんの話だ。ニセモノのれもんちゃんは、この箱だ」
「全然答えになってない・・・電源入れてみます?」
「やれるもんなら、やってみろ」
「止めときます?」
「やってみろ」
金ちゃんがスイッチに指を伸ばすと、私はドアの近くまで後退りした。
「スイッチ入れますよ」
「うん」
金ちゃんの指がスイッチを押すと、箱の中からカラカラカラと音がして、ファンが回りだした。
「嫌な予感しかしない。お経とか変なのが始まったら、すぐ切れよ」
「分かりました」
約1分が過ぎた頃、箱の中から明るく軽快な音楽が聞こえてきた。
「あれ?これ、何の曲だっけ?」と言ったそばから、シン太郎左衛門が嬉しそうに曲に合わせて口笛を吹き出した。
「あ、そうだ。『とくし丸』のイントロだ・・・」
例の移動スーパーのテーマソング、その前奏部分だった。シン太郎左衛門は得意げに口笛を吹きまくっている。
前奏が終わると、一瞬の静寂。そして、華やいだ女性の声が、「れもんちゃんだよ~ん。美容院に行ったよ~ん」
その声に、金ちゃんが「うわ~、可愛い!!」と歓声を上げた一方で、シン太郎左衛門と私は、究極の仏頂面になった。
金ちゃんは、「これ、僕が大好きな声優さんの声です」
「ふ~ん。そうなんだ」
私は立ち上がって、ロボットに歩み寄ると、力一杯電源を切った。「最悪だ。れもんちゃんの声じゃない。ニセモノの名にも値しない粗悪品だ」
「じゃあ、これ、僕がもらってもいいんですか?」
「ああ、好きにしろ」
「嬉しいなぁ。れもんちゃんって、もしかして新作アニメのキャラですか?」
「うるさい。本物のれもんちゃんは、もっともっと可愛い声をしてるんだ」
プンプン怒りながら、金ちゃんの家を出ると、外は冷たい雨が降っていた。親子共々、怒りに肩が震えていた。
「あんなものが、れもんちゃんを騙るとは許せませぬな」
「Aは絶対に許さん。次にAに会ったら、道頓堀川に突き落とす」
「うむ。拙者も助太刀いたしまする」
「・・・いや、お前はいい。お前自身が誤って道頓堀川に落ちそうな気がする」
そして、今日、れもんちゃんに会った。帰りの電車の中、シン太郎左衛門は、「本日の主役」のタスキを付けて、れもんちゃんの声の可愛さについて、どんな政治家の演説よりも雄弁に語り、私は盛んに拍手を送った。
本物のれもんちゃんは、余りにも宇宙一すぎる。結局は、あんなに腹が立ったAのことも、変なロボットのことも、れもんちゃんに会った後は、全くどうでもよくなっているのであった。
シン太郎左衛門とれもんちゃんのニセモノ様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門、初詣に行く様
ご利用日時:2024年1月7日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。年も改まったことだし、新企画の一つも用意してしかるべきなのだろうが、そういうことはない。シン太郎左衛門から皆さんに「明けましておめでとうございまする」とのことである。私からも、明けましておめでとうございます。
さて、日曜日が大晦日(クラブロイヤルの休みの日)に重なるという悲劇的な状況により、約2週間、れもんちゃんに会えなかった。お蔭で年末年始は当然ちっとも盛り上がらなかったし、シン太郎左衛門はずっと調子がおかしかった。
今朝、れもんちゃんとの久しぶりの邂逅を控え、シン太郎左衛門は緊張ぎみだった。
「れもんちゃん、拙者のことを忘れてはいますまいか」
「それなりには覚えていてくれているだろう。必ずしも良い印象はないはずだが」
「うむ」
「それはさておき、今日のクチコミには、何を書こう。候補は3つある。一つ目は、年末を親戚の家で過ごした話だ」
「止めておきましょう。下らぬ話でござる」
「2番目は、Aがまたロボットを送ってきた話だ」
「あれは衝撃的でござった。でも、年の始めには相応しからぬもの。止めておきましょう」
「3番目は金ちゃんと初詣に行った話だ」
「どれもこれも情けない話でござる。父上の年末年始の下らなさが手に取るように分かりまする」
「どれか選べ」
「では、初詣」
「よし」
正月元旦。
年末を過ごした親戚の家では、夕刻近くなると、移動スーパーの車が音楽を鳴らしながらやって来る。親類たちと同じ思い出話を繰り返す不毛さを耐え忍んでいた私は、音楽が聞こえると、シン太郎左衛門に急かされて表に飛び出し、結局は何も買わないのだが、移動スーパーの後を付いて回って音楽を聴いて過ごした。
とくとくと~く、とくし丸
私にとっては単なる暇潰しでしかなかったが、シン太郎左衛門はこの曲をいたく気に入って、ラップや音頭の道を捨て、今後は「とくし丸」一本で頑張ると言い出した。多分、れもんちゃんに二週間も会えないショックで、頭のネジが数本外れてしまったのだ。
そんなことから、元旦の朝も、「春の海」の琴の調べではなく、「とくし丸」のテーマソングで始まった。
「いい加減、それ、止めてくんねぇかなぁ」と苦言を呈したが、シン太郎左衛門は無言で退け、延々と「とくし丸」を歌い続けた。こうなると、二週間も、れもんちゃんに会えない状況を作り出した私への、持って回った抗議だとしか思えなくなった。何とも気詰まりだったので、取り敢えず服を着替えて、初詣に行くことにした。
元旦のキンと冷えた空気は快く、金ちゃんも誘ってやろうと考え、隣家の呼び鈴を鳴らした。
日向を選んで待っていると、ダウンジャケットの金ちゃんが、ラッピーを連れて、出て来た。待っている間も、シン太郎左衛門は断続的に「とくし丸」のテーマソングを歌った。年が改まっても、金ちゃんはやっぱりむさ苦しく、ラッピーは颯爽としていた。
「オジさんは、どこに初詣に行くんですか」
私が神社の名前を告げると、金ちゃんは、「遠いなぁ。もっと近くにしましょうよ」
「ダメだ。ここら辺で、一番格の高い神社は、そこだからな」
私には、れもんちゃんの幸せと、れもんちゃんとこの一年も楽しく過ごせるように、という二つの切実な願い事があった。
一時間近くテクテク歩いた末、ラッピーを境外に待たせておいて、慌ただしくお詣りをした。お詣り中にも、シン太郎左衛門は「とくし丸」のテーマソングを歌っていた。神社はかなりの人の出で、学生アルバイトと思ぼしき巫女さんの姿も見られた。と、その巫女の一人が、れもんちゃんにそっくりだった。もちろん、れもんちゃんには及ばないが、それでも似ていた。次回、れもんちゃんに会ったときに話題にしようと考えて、呼び止めて、写真を撮らせてくれと頼むと、あっさり快諾してくれたが、スマホのカメラを向けると、厚かましくも金ちゃんがその隣に立ってピースサインをしているので、ムッとしたが、しょうがないので一緒に撮ってやった。
参拝者たちの人気者になっていたラッピーのリードを松の木から解いて、二人は帰途に着いた。清々しい初春の空の下、鳥居の朱色が眩しかった。
帰り道、シン太郎左衛門は、折々「とくし丸」のテーマソングを歌っていたし、金ちゃんは写真を送れと、うるさく言ってきた。
「ダメだ。お前は変なことをするからな。ヌード写真と合成して、オッパイを大きくしたり、小さくしたり、恥ずべき行為をしかねない」
「そんなこと、絶対にしませんよ」
「いや、れもんちゃんを冒涜するのは許さん」
「・・・れもんちゃん?オジさんが頻繁に口にする『れもんちゃん』って、今の巫女さんなんですか」
「違う。れもんちゃんは、今、れもん星に帰省中だ」
「オジさん・・・酔っ払ってます?」
「違う。お前の知らない世界があるんだ」
神社の近くに一軒小洒落た喫茶店が開いていた。朝飯を食べていなかったので、金ちゃんを誘って入った。席に座ると、金ちゃんは相変わらず写真を送れと煩かったし、シン太郎左衛門が「拙者も見たい」と口を挟んできた。
「こんな所で見せられるか。家まで我慢しろ」と普通に声に出して言ってしまって、金ちゃんに怪訝な顔をされた。
「オジさん、それ、どういう意味ですか?」
窓の外、街路樹に繋がれたラッピーが大人しく待っている。
「特に意味はない」
と、注文を取りにきた女の子を見て、思わず立ち上がりそうになった。またしても、れもんちゃんソックリだった。
「僕は、ミートソースとホットココアとフルーツパフェで」と金ちゃんが注文している間、ウェイトレスの顔をまじまじと見詰めてしまった。
「ナポリタンとホットコーヒー」と言った私の声は微かに震えていた。彼女が立ち去ると、思わず「どういうことだ?次から次から、れもんちゃんだ」
「また、れもんちゃんですか?オジさん、『れもんちゃん』って、結局、誰なんですか?」
「れもんちゃんは、一言で言えば宇宙一だ」
「・・・分かんない」
「分からんで結構。お前は、しばらく外で凧でも上げてこい」
「凧なんて持ってきてないし。それより、さっきの写真、送ってくださいよ」
「拙者も見たい」
「分かった。金ちゃんには、今送ってやる。シン太郎左衛門は黙っとけ」
「シン太郎左衛門?また変なのが出てきた・・・オジさん、ホント大丈夫ですか?」
その言葉を無視して、そしてシン太郎左衛門がまたしても「とくし丸」を歌い出したことに辟易しながら、スマホを取り出し、先刻撮った写真を金ちゃんのLINEに送ろうとしたとき、愕然とした。巫女姿の女の子は、れもんちゃんに一つも似ていなかった。可愛らしい娘には違いないが、全くの別物だった。しかし、考えたら当たり前のことで、れもんちゃんは唯一無二だから、れもんちゃん以外の誰も、れもんちゃんに似ている訳がないのだ。
「分かったぞ。これが、有名な『れもんちゃん禁断症状』だ。しばらく、れもんちゃんと会えない状態が続くと、誰彼見境なく、れもんちゃんに見えてくるのだ」
「それは、羨ましい話でござる」
「羨まれる理由がない。お前はずっと『とくし丸』の歌を歌い続けて責め苛むし、気が狂いそうだ」
「やっと反省されたか」
「反省した」
「では許して遣わそう」
レジで支払いをするとき、女の子の顔をまじまじ見たが、結局れもんちゃんには全く似ていなかった。
金ちゃんが出てくるクチコミと言えば、これまで宇宙空母が付き物だったが、元旦の空に宇宙空母は現れなかった。ただ、とても青い空だった。
そして、今日、れもんちゃんに会った。やはり、れもんちゃんは、今年も当然のごとく宇宙一だった。
帰り道、シン太郎左衛門もご機嫌で、朗々と「れもんちゃん音頭」を歌っていた。
やはり週に一度は、れもんちゃんに会わないと親子共々具合が悪いと、改めて悟った次第である。
シン太郎左衛門、初詣に行く様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門の戦国バトルラップ(クリスマス・バージョン)様
ご利用日時:2023年12月24日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。年末も押し迫ってきた。年内最後のシン太郎左衛門シリーズだが、特に頑張って書こうとか、そんな気持ちはサラサラない。
今日、日曜日、年内最後のれもんちゃんの日である。クリスマス・イヴでもあるが、私にとってクリスマス自体は特別な日ではない。
朝、目が覚めると、シン太郎左衛門も同時に目を覚まし、「父上、クリスマスでござるな」
「今日はイヴだ」
「では、恒例のラップバトルを致しましょう」
「毎年やってるような感じで言うな。ラップバトルなんて、やったこともない。嫌だ。どんなモノだか、ぼんやりとしかイメージできないが、トゲトゲしい言葉のやり取りは俺の趣味ではない」
「いやいや。拙者が望むのは、互いを貶し合うことではなく、れもんちゃんの素晴らしさをワイワイ楽しく讃えるタイプのラップバトルでござる」
「平和的なヤツ?」
「うむ。勝った負けたは重要ではござらぬ。れもんちゃんの素晴らしさをどれだけ伝えられるかを競いまする。審査員は拙者が務めまする」
「では、俺に勝ち目はない」
「勝ち負けは二の次でござる。スパイス程度に相手をディスりまする。負けた方は、今日を最後に、れもんちゃんファンを辞めねばならぬ」
「そんなもの、死んでもやらない」
「では、始めまする」
「おい、人の話を聴け」
シン太郎左衛門は勝手に歌い出した。
ヨー、ヨー、ヨー、ヨー
お前の言葉は空っぽ過ぎるぜ
黙ってオイラのラップを聴きな
血の雨浴びて、鍛えたスピリット
リアルな武士の命の叫び
ヨー、時は天正十二年
佐々成政、大軍率いて
加賀の国へと攻め入れり・・・
私は布団にくるまったまま、黙って聴いていた。シン太郎左衛門は布団の中で約15分語り続けた。語り終えると、「父上の番でござる」と促されたが、それでも黙っていた。
「いかがなされた。父上の番でござる」
「特に言うべきことがない。割と楽しく聴かせてもらった」
「それだけでござるか」
「それだけだ」
「負けを認めまするか」
布団からモソモソ起き上がって、洗面所に向かいながら、「いや。勝ちも負けもない。ラップバトルになってない」
「なんと。ラップバトルでないと」
「そうだ。まずジャンルが違う」
「ジャンルとな」
歯を磨きながら、「お前が語ったのは、冒頭のごく僅かな部分を除いて、ラップではない。世の中で一般的に『講談』と呼ばれているものに近い」
「うむ。では、講談バトルと致しましょう」
「いや、正確に言えば、講談とも呼べない。戦国時代を舞台にしたバトル・ファンタジーだ。まず、主人公の戦国武将れもん姫の出で立ちが可愛すぎる」
「れもんちゃんがモデルだから可愛いのが当然でござる」
「真田幸村ばりの真っ赤な甲冑だが、兜に付いているのは鹿の角でない。トナカイの角だ。小さな身体のれもん姫が、トナカイの角の付いた兜を被ってピョコピョコと登場し、『ヤッちゃうよ~ん』と言ったときに、全身の力が抜けた」
「トナカイの兜は、クリスマスシーズン限定のサービス・アイテムでござる」
台所でコーヒーの湯を沸かしながら、
「分かってる。旗指物には、六文銭とか風林火山ではなく、輪切りのレモンと『美容院に行ったよ~ん』の文字が染め抜かれている」
「それは誰もがひれ伏すれもん姫のトレードマーク。オールシーズンでござる」「だろうな。最初の、末森城の戦いぐらいまでは、それなりに講談らしかったが、れもん姫の登場で全てが一変した。れもん姫が『スターウォーズ』のライトセーバーみたいな剣、光丸を振り回して、視界を埋め尽くした数千の敵兵を撫で斬りにしたり、『マトリックス』みたいに海老反りで火縄銃の弾を交わしたり、挙げ句の果てに宇宙空母で敵の城を次々と木っ端微塵にしたり、やりたい放題だった」
「うむ、れもんちゃんの凄さ、可愛さはチート級でござる。福原の歴史を大きく塗り替えてござる」
「それはそうだ。その点には同意する。ただ、この話は福原の歴史でなく、日本の歴史を変えている。この流れで行くと、徳川幕府は誕生しない。それに、れもん姫の忠実な家来の名前は、シン太郎左衛門だったな」
「うむ。拙者がモデルでござる」
「当然そうだろう。そのまんまだ。コイツは、割と忙しそうにしているが、ロクなことをしていない。れもん姫が長さ七間、12メートル超のライトセーバーを振り回している横で、クリスマス・リースを作ったり、七面鳥を焼いたりして、敵味方の区別なく、せっせと皆に配ってる」
「これもクリスマス限定サービスでござる」
「まともにディスられたら、多少は応酬をする気になったかもしれないが、こんな話では目くじらを立てる理由がない。少し気になったのは、俺をモデルにした登場人物がいなかったことぐらいだ」
「あっ、それを言うのを忘れてござった。戦場で拙者が踏んだ馬の糞のモデルが父上でござる」
コーヒーを淹れながら、「ああ、そういうことか・・・何でこんな頻繁に馬糞が話に出てきて、一々お前が掃除して回るのか不思議に思っていた」
「そこに反撃してくだされ」
「今更そんな気持ちにはなれん」
「うむ。つまり、ラップでもバトルでもない、変なものであったということでござるな」
「そういうことだ」
「拙者、もう少し勉強致しまする」
「そうしてくれ。ただ、れもんちゃんへの想いは伝わった」
シン太郎左衛門は大きく頷いた。
そして、れもんちゃんに会ってきた。世間には冷たい風が吹いていても、れもんちゃんは激アツだった。
帰りの電車の中、シン太郎左衛門が言った。
「れもんちゃんは、やっぱり宇宙一でござる」
「当然だ。シン太郎左衛門シリーズのメッセージは、結局その一言に尽きる。残りはオマケだ。ない方がいいくらいだ」
「うむ。今年も、れもんちゃんのお蔭で、よい年でござった」
「れもんちゃんがいれば、来年もよい年になる」
「間違いござらぬ」
車窓から見る山には雪が降っているのかもしれない。それでも、我々親子の気持ちはポカポカと浮き立っていた。
皆さん、よいお年を。
シン太郎左衛門の戦国バトルラップ(クリスマス・バージョン)様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と猫型ロボット『俊之』様
ご利用日時:2023年12月17日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。シン太郎左衛門は、「れもんちゃんが、この世にいれば、オカズがなくてもご飯が食べれる」と公言する、生粋の絶対れもん主義者である。一方、私はオカズがなくては、どうしてもご飯が食べられないタイプの絶対れもん主義者である。
日曜日は、れもんちゃんに会う日だ。だから、終日れもんちゃんだけに集中していたいのだが、そうも言っていられないことがある。宅急便が届いた。学生時代の友人からの荷物だった。
そいつの名前をAとしておく。一昨日、金曜日の夜、Aを含む学生時代の友人何人かで久しぶりに梅田で食事をした。その後、帰宅の方向が同じだったので、Aと二人でもう一軒バーに寄った。同学年ではあったが、Aは私より年上で、今は退職してゴロゴロしているらしい。学生の頃から、かなり無口な上に、稀に発言すると、9割がた意味不明だった。飲みながら彼と何を話したか、全く記憶にないが、別れ際、「俺、最近ロボット、作ったんだ。1個送ってやるよ」と言われたことだけは覚えている。
ということで、この荷物の中身は、ロボットに違いなかった。ロボットなんて全く興味がなかったが、数ヶ月後、何かの拍子でAと偶然に出会って感想を訊かれたとき、「まだ箱も開けてない」とは答えにくい。それに、箱はやけに軽くて、荷札を見ると、中身は「食品(ポテトチップス)」と書いてあった。どんなものが入っているか、見るだけは、見ておこう、と思った。
リビングに戻り、テーブルの上に箱を置くと、「シン太郎左衛門、我が家にロボットが来た」
シン太郎左衛門は勝手にズボンのチャックを開けて、モゾモゾと顔を出し、
「また下らん買い物をされましたな。父上には使いこなせますまい」
「買ったんじゃない。古くからの友人が送ってきた」
段ボール箱を開けると、丸めた新聞紙を緩衝材にして、8cm×8cm×4cm程のプラスチックの箱が入っていた。これがロボットなのか?と、頭の上が疑問符だらけになった。封筒が同梱されており、中に折り畳まれた便箋が入っていた。広げて読み上げた。
「これは、猫型ロボットの『俊之』です。スイッチを入れると、約1分で動作可能となります。末永くご愛用ください・・・ということだ」
「『俊之』?」
「トシユキは、あいつの弟の名前だ。あいつの学生時代のチャリンコも、俊之と呼ばれていた。よく盗まれたが、何故か翌日には元の置き場で見つかった。実は『俊之』には複数の持ち主がいるのではないかと噂されていた。それぐらい頻繁に、当たり前のように行方不明になっては、また出てくる不思議な自転車だった。ちなみに、Aの母親の名は『和子』だ。あいつの下宿の炊飯器は、カズコと呼ばれていた」
猫型ロボットとされている小箱を段ボールから取り出して、少し眺めた後、テーブルの上に置いた。
シン太郎左衛門も不思議そうな顔で、「なるほど・・・しかし、自転車や炊飯器の話はさておき、これが、ロボットでござるか」
「そうらしい」
「とても猫には見えぬ」
「うん。確かに猫型と呼ぶ理由は分からない。普通に四角い、クリーム色のプラスチックの箱だ。マイクとスピーカーとカメラが内蔵されているようだ」
「こやつ、何が出来まするか」
「分からん。さっき読んで聞かせたのが、説明の全てだ」
「料理は出来まするか」
「出来ないだろうな。自分が燃えてしまうと思う」
「買い物を頼めまするか」
「この形では、自分でスーパーまで出掛けていくことはあるまい。ネットで注文することは出来るかもしれないが、頼んでもいないモノが沢山届けられて、慌てるのは嫌だ」
「クチコミを書かせましょう」
「それもダメだろうな。この前、最新AIに試しに書かせてみたが、ちっとも面白くなかった。こいつは、更に期待薄だ」
シン太郎左衛門は、少しイライラした様子で、「こやつ、結局、何が出来まするか」
「分からん。取り敢えず電源を入れてみよう」
電源プラグをソケットに差して、スイッチを入れると、カラカラカラっと小さな音がして、ファンが回り始めた。約1分の沈黙の後、軽やかなチャイムの音楽が鳴り、それに続いて、若い女性の爽やかな声で、「お風呂が沸きました」
「父上・・・風呂が沸いてござる」
「風呂など頼んだ覚えはない。シン太郎左衛門、トシユキに話し掛けてみろ。ちょっとした受け答えぐらいはするだろう」
「うむ。では、やってみまする」
シン太郎左衛門はグッと身を乗り出して
「初めてお目にかかりまする。拙者、シン太郎左衛門と申す。当代きっての絶対れもん主義者でござる」
すると、割れてかすれた男性の声が「あん?なんだって?」と無愛想に怒鳴ってきた。
「なんと・・・これまた横柄な口をきくヤツでござる」
「・・・さっきは若い女性だったのに、いきなり年配男性になった。いかにも育ちの悪そうなヤツだ。シン太郎左衛門、怯まず話し続けろ」
「うむ・・・お寛ぎのところ、恐縮でござる。拙者、富士山シン太郎左衛門でござる」
「え?なに?誰が死んだって?」
「誰も死んではおらぬ。みな、恙無く過ごしてござる」
「何言ってるか、全然分かんねぇ」
「・・・父上、こやつ、清々しいほど好かんヤツでござる。話にならぬ」
「う~ん、確かにそうだが、根気強く話せば、マトモになるかも知れない」
「拙者は、もうよい。父上が試されよ」
「よし、俺がやってみよう・・・まず、こういうときは挨拶だ。挨拶をしよう。トシユキ、おはよう」
「・・・はい、おはよう」
「おっ、ほら見ろ」
「挨拶ができましたな」
「こうやって少しずつ学んでいくのだ。よし・・・トシユキ、れもんちゃんを知ってるか?れもんちゃんは、素晴らしいぞ。驚くほどの美人だぞ」
「あ?モモンガ?モモンガが、どうしたって?」
「無礼者!誰がモモンガの話をした?ブッ潰すぞ」
「父上、落ち着いてくだされ」
「ダメだ、こりゃ。こいつ、まるでなってない」
「うむ。フザケ切ってござる」
「こういうヤツに関わると、れもんちゃんの素晴らしさが一段と際立つ」
「れもんちゃんは崇高なまでに気立てのよい娘でござる。『れもんちゃん』という名前からして愛嬌満点でござる。トシユキと比べるなど、畏れ多い」
「ホントだよ・・・こいつ、金ちゃんに上げてしまおう」
「それがよい。金ちゃんの部屋は、元々ガラクタが一杯でござる」
「金ちゃんは、見た目はニートだが、実はそれなりのエンジニアらしい。トシユキの始末は、金ちゃんに任せたよう。煮るなり、焼くなり、油で揚げるなり、好きにしてもらおう」
「うむ」
「メッセージは少し変えておこう。金ちゃんも、いきなり『俊之』と言われたら面食らうだろうからな」
朝刊のチラシの裏面にフェルトペンで、「オチン型ロボット『シン太郎左衛門』見参!電源を入れて約1分で準備完了。あなたは、シン太郎左衛門と力を合わせ、絶世の美女『れもんちゃん』を、魔人トシユキの手から救い出せるか?最終決戦の地、ひらかたパークで待ってるよ~ん」と書いて、畳んで封筒に入れた。
「父上の学生時代の友達には、ロクなのがおらぬ」
「うん。揃いも揃って社会不適合者だ。れもんちゃんには、あいつらの話は絶対に出来ん。俺まで同類だと思われては困るからな」
シン太郎左衛門は黙り込んだ。
神戸に向けて家を出ると、まず隣家の呼び鈴を鳴らして、玄関に出て来た金ちゃんに「メリークリスマス。はい、プレゼントのポテトチップス」と、Aから送られてきたロボットを、修正したメモとともに押し付けた。
そして、れもんちゃんに会ってきた。宇宙一のれもんちゃんは、今日もギンギラギンに輝いていた。れもんちゃんは人類の希望の星であり、れもんちゃんの笑顔を見た瞬間に、俊之の事など、跡形もなく忘れ去ってしまっていた。
あの後、金ちゃんに何が起こったか、私は知らない。
シン太郎左衛門と猫型ロボット『俊之』様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と『れもんちゃん警報』と王さんのレシピと金ちゃん様
ご利用日時:2023年12月10日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。ただ、武士道ではなく、れもん道に邁進し、座右の銘は「れもん一筋」らしい。こうなると、もう武士にこだわる理由が分からない。
先週の某日の朝、体調がすぐれなかったので、職場に電話で断りを入れて休みをとった。昼まで寝床でゴロゴロしていると、体調は微かに持ち直してきた。
そろそろ起きて、朝食兼昼食、場合によっては夕飯も兼ねたものを食べよう、そして、熱があるのか無いのか、何が体調不良の原因だか分からないが葛根湯を飲んで、水分補給をして明日の朝まで眠り続けよう、そうボンヤリ考えていると、シン太郎左衛門が突然「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」と電子音めいた音を発し始めた。知っている人は知っている(もちろん、知らない人は知らない)、シン太郎左衛門の「絶対れもん主義宣言」のイントロだった。
体調が悪いのに、キツいのが始まったなぁと思いつつ、「止めろ」と言う元気もないので、放っておいた。「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」を4回繰り返した後、「美容院に行ったよ~ん」と歌が始まるはずなのだが、5回でも6回でも「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」が繰り返され、段々ピッチが早くなっていくようだ。
いよいよ耐えられなくなって、「おい、シン太郎左衛門、それ止めてくれ・・・いつ歌が始まるかという不安も手伝って、精神が蝕まれていく」
「うむ?歌とは何のことでござるか」
「今、お前がやってるヤツだ」
知っている人には知っての通り、シン太郎左衛門は歌いながら太鼓の音を口真似するなど、同時に複数の音を口から発することができる。「これは、歌ではござらぬ」と言いながら、並行して引き続き「ビ!ビビビ!!ビ!ビビビ!!」と益々ピッチを上げて甲高い電子音まがいの音を立てていた。
「これは『れもんちゃん警報』。れもんちゃんの接近を知らせてござる」
「無礼者め!れもんちゃんを台風や津波のように言うな」
「それより、父上、大事なことを言い忘れてござった」
「どうした?」
「れもんちゃんが近づいてござる」
「今さっき聞いた。だから『ビビビビ』言ってるって、たった今、お前自身が言ったじゃないか」
「うむ。父上、大変なことでござるな」
「・・・何が?会話が全く噛み合ってない。まずその『ビビビビ』を止めてくれ」
「『れもんちゃん警報』は、その重要性ゆえ、タマタマを捻って音量を変えたり、エコーをかけたりは出来ぬ。今、南西方向約1800メートル、高度2000メートルの位置に『宇宙空母れもんちゃん号』が飛行してござる」
「どうして、お前に、そんなことが分かる?何の音もしないし、震動もないのに」
「そこが、父上のような口先だけの人間と、拙者のような真の求道者、絶対れもん主義者(黒帯)の違いでござる」
「失礼のことを言うな!」
その瞬間、「び・・・び・・び・・・」と『れもんちゃん警報』が止んだ。
「どうした?」
「宇宙空母が突然飛び去ってござる。おそらく、れもんちゃん、コックピットで『いやん、美容院の予約時間を勘違いしてた。遅刻しちゃう。ワープするよ~ん』と奥の手を使ったのでござろう」
「そうか。普段、れもんちゃんに、時間にルーズな印象を受けたことはないけど、プライベートでは結構やらかすタイプなのかもしれん」
「何をグダグダと言っておられる。警報が鳴ってすぐに外に出れば、れもんちゃんの宇宙空母が見れたのに、父上がウスノロだから見れなかった」
「しょうがない。元気だったら見に出たさ。今日は体調不良で仕事を休んだのだ」
「そうでござったか。どこが悪いのでござるか」
「分からん。昨日、悪いモノでも食ったのかなぁ・・・」
「父上が悪いモノを食ったかは知らぬが、良いモノを食っていないのは間違いござらぬ。最近食したマトモなものは、三日前の夜に駅前の中華屋さんで食べた麻婆茄子定食ぐらいでござる」
「ホントだ。思えば、昨日は、ほとんど何も食べなかった。夜、帰って来て、冷蔵庫を開けたら、何もなかったから水を飲んで寝た・・・つまり俺は今、栄養失調なのか?」
「おそらく、そうでござる」
「もう一眠りしてたら、そのまま死んでたかもしれない。大雑把すぎる性格のせいで、危うく命を落とすところだった。とにかく何か食べよう」
「でも、冷蔵庫には何もござらぬ。駅前まで歩けまするか」
「歩けないね。でも、大丈夫」
外はいい天気だった。隣家の呼び鈴を鳴らすと、インターホンに金ちゃんが出た。
「オジさん、今日、お休みだったんですか?よかった。助かった」とか言っている。
どういう意味で助かるのか分からなかったが、「さっき俺の家で警報が鳴り続けていた。お前の身に何かあったのではないかと心配になって見に来てやった。5秒以内に玄関のドアを開けろ。何はともあれ飯を作ってやる。俺も一緒に食べる」
「ああ、助かった。ホントに、ありがとうございます」
こんなに感謝されるとは全く予想外だった。
聞けば、こんな事情だった。仕事の納期が迫っていて、金ちゃん、この数日ほぼ不眠不休だったらしい。今朝ようやくプログラムを仕上げて納品を終え、緊張感から解き放たれた途端、金ちゃんは自分が死ぬほど疲れていて、死ぬほどお腹が空いていることを発見したが、両親は朝から外出していて、誰も助けにならない状況にパニックになっていたらしい。
「疲労感がひどくて、全身寒気がするし、空腹で立ってることもできないほどだったのに、オジさんの声を聞いたら、不思議と元気が出ました」
「よかったな。とにかく今は飯だ」
金ちゃんと私は、玄関からダイニングまでお互いを抱きかかえ合うように千鳥足で廊下を歩いた。
「ご飯は炊けてますよ」と、金ちゃん。
「いや。今の俺たちに必要なのは、ふりかけご飯ではない。栄養バランスの取れた、ちゃんとした食事だ」
「はい」
「反省しろ」
「はい。反省します」
「反省したら、ダイニングの椅子に座って、石川さゆりの『天城越え』を歌って、大人しく待っておけ」
「その歌、知らないんですけど」
「なに?石川さゆりを知らんのか」
「石川さゆりは知ってます」
「美人だ」
「はい」
「でも、れもんちゃんほどではない」
「・・・れもんちゃんって誰ですか?」
「とっても偉い人だ。得意技は『レモンスカッシュ』ほか数え切れない」
「全然分かんないです。得意技って、れもんちゃんは、プロレスラーなんですか?」
私は冷蔵庫を開けて食材の確認に忙しかった。
「違う。れもんちゃんは、プロレスラーではない。人生そのものだ」
「・・・全然分からない・・・オジさん、熱でもあるんですか?」
「腹が減ってるだけだ。お前は黙って座っておけ」
私は、食材に続いて、調味料のラインナップのチェックを済ますと、声高らかに宣言した。「メニューが決まった。王さんの幸せ酢豚と王さんのニコニコ五目チャーハン、そして王さんのふんわり玉子スープ、デザートには市販の杏仁豆腐だ」
「王さんって誰ですか?」
「何も知らないヤツだな。お前、まさか俺の正体が王さんではないかと疑っているのか?」
「そんなこと、思ってませんよ。オジさんちの表札は頻繁に見てるし」
「そうだ。俺は、王さんではない。『王さんの中華レシピ』は、若い頃、日本中で単身赴任を繰り返していた時代の、俺の愛読書だ。全文暗記している。毎日欠かさず、王さんのお世話になった。筆者近影によれば、大変陽気そうな五十絡みの中国人だった。当人には一度も会ったことがなく、今どこで何をしているか、生死を含めて俺は知らない。以上が、俺が持っている王さん情報の全てだ。満足したか?」
「はい」
「では、黙って、石川さゆりの『天城越え』を歌っとけ」
金ちゃんは、小声で「だから、知らないって・・・大体『黙って歌っとけ』って、どういうことだよ」と文句を言っていたが、彼はもう私の眼中になかった。
炎を上げて、一気呵成に調理した。
「うわぁ~、凄い美味そうな匂いだ」と金ちゃんは感動の声を上げた。
「確かに、いい匂いだが、れもんちゃんの甘い薫りには勝てない。れもんちゃんの薫りは、人を幸福の絶頂に誘うのだ」
「れもんちゃんって、一体誰なんですか?」
「今、その話はできない。王さんのニコニコ五目チャーハンが、真っ黒焦げ焦げチャーハンになってもいいなら、話してやる」
「じゃあ後でいいです」
「よし出来た。まず玉子スープだ」
「ああ凄い!!」
金ちゃんは、満面の笑みで箸をとった。
「続いて酢豚だ」
「うわぁ、感動するなぁ」
金ちゃんは、感動で目を潤ませた。
「そして、チャーハンだ」
「いやぁ、完璧だ」
感涙が金ちゃんの頬を伝った。
「さあ食え。そして、この世に完璧なのは、れもんちゃんだけで、れもんちゃん以上の感動はない。よく覚えておけ」
我ながら大変上出来で、食べながら、幸福感に満たされていった。少し作り過ぎたと思ったが、そんなこともなかった。
「いやぁ、オジさん、何で、プロの料理人にならなかったんですか?」という金ちゃんの言葉は全くお世辞に聞こえなかった。
「毎回、これだけのものが作れるなら、料理人になっていたかもしれん。実際には、毎回、味が一定しない。そもそも俺のウチのコンロの火力では中華は無理だ。期せずして、今回、生涯最高の出来を実現してしまったのだ」
「本当に美味しかった。ご馳走様でした。お蔭で生き返りました」
「俺には感謝しなくていい。食材を買い揃えておいてくれた、お前のお母さんに感謝しろ。お前の家の、火力の強いコンロにも感謝しろ。レシピを考えた王さんにもな。そして、当然れもんちゃんにもだ」
「結局、れもんちゃんって誰なんですか?」
「れもんちゃんというのはだな・・・」と話し始めたとき、股間で「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」と、シン太郎左衛門が警報を発し始めた。
私は椅子から立ち上がり、「あっ、大変だ!『れもんちゃん警報』だ」
「『れもんちゃん警報』?何ですか、それ?」
「説明している暇はない。悪いが、皿洗いは、お前に任せた。さらばだ。あっ、後で気が向いたら、ラッピーたちを散歩させてやる」
私は一目散に表に飛び出した。
「シン太郎左衛門、空母はどっちだ?」
シン太郎左衛門は、ズボンのチャックを勝手に開けて、周囲をキョロキョロ見回しながら、「それが、今回ばかりは皆目見当が付きませぬ。近付いているのは、確実でござる」
抜けるような青空には清々しい風が吹いているばかり。通りには誰一人いない。
「厄介だな。取り敢えず、丘の上に登ろう」
丘の上の公園まで小走りで急ぐと、眼下の風景を見渡したが、空母は影も形もなかった。しかし、シン太郎左衛門は、いよいよ激しく「ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!」と『れもんちゃん警報』を繰り返している。
「シン太郎左衛門、どういうことだ?あんな馬鹿デカいもの、見逃すはずがない」
「うむ、ビッ!ビッ、ビッ、ビッ!!拙者にも分からぬ」と言った直後、
美容院に行ったよ~ん
宇宙空母で行ったよ~ん
と歌が始まった。
「シン太郎左衛門、歌が始まったぞ」
「れもんちゃんの登場でござる」
そのとき、背後の山が競り上がって、覆い被さって来るような異様な感覚に襲われた。頭上に顔を向け、喉チンコをお日様に晒しながら、「あっ、れもんちゃんだ」と呟いた次の瞬間から、地上は巨大な影に包まれていった。背後の山脈から姿を現した巨大な空母は、我々の頭上を静かに通過していった。
「やっぱり、れもんちゃんは凄いなぁ」
「れもん星の美容院からお帰りでござる」
「宇宙海賊の討伐を兼ねて、美しさに磨きを掛けてきた訳だ」
「れもんちゃんは、いろんな意味で宇宙一でござる」
「ホントに破格だ。スケールが大きすぎる」
トボトボと坂道を下りながら、
「れもんちゃんに会った後は、爽快なまでに茫然自失となりまするなぁ」
「ほんとだよ。嵐のような女の子だ」
「このまま帰られまするか」
「いや。スーパーに買い出しに行く。こんな風に人の家のモノを使って、只飯を食わせてもらっていては、れもんちゃんファンの名折れだからな」
「うむ」
「買い出し、楽しみでござる」
「今日からは、毎日、栄養のあるものを食べて、元気になることに決めた。れもん道の第一歩は食事だ」
「うむ。間違いない」
そして、今日、れもんちゃんに会ってきた。やっぱり、れもんちゃんは、宇宙一も、いいところだった。
ところで、金ちゃんは、未だに、れもんちゃんが誰なのかを知らない。教えてやる気は全くない。
シン太郎左衛門と『れもんちゃん警報』と王さんのレシピと金ちゃん様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門と毛糸のパンツ様
ご利用日時:2023年12月3日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士である。「シン太郎左衛門」シリーズが、今回で何度目か、れもんちゃんの「お客様の声」をスクロールして数えようとしたが、途中で面倒臭くなって止めた。よく、まあ、こんなに書いたものだ、と我ながら呆れた。
今朝、ネット通販で買ったパンツが届いた。
「あったか毛糸パンツ(手編み風)」。箱から出すと、目の高さまで掲げて、表裏ひっくり返してみたり、様々な角度から眺めた。眩しいほどのレモンイエローだった。
「シン太郎左衛門、パンツを買ったぞ」
「なんと。拙者に何の相談もなかった」
「お前の意見を訊けば、話がややこしくなるからな」
「また、動物のプリント柄でござるか」
「違う。内側からズボンのチャックを開けて出てこい」
シン太郎左衛門がモゾモゾと顔を出した。
「ほら、これだ。あったかパンツ」
「・・・父上が、これを履くのでござるか」
「うん。最近、すっかり寒くなった。お前へのプレゼントだ」
「・・・嬉しくない」
「お前の大好きな色だ」
「拙者が大好きなのは、れもんちゃんであって、レモンイエローの毛糸のパンツを履いたオヤジはむしろ大の苦手でござる」
「まあ待て。履き心地を試してみよう」
毛糸のパンツは、想像以上に心地よい肌触りだった。
「どうだ?」
「フワフワでござる」
「肌触り、よくないか?」
「よい。フワフワ~。フワフワは、れもんちゃんでござる」
「ヌクヌクしてるだろ?」
「ヌクヌクしてござる。ヌクヌク~は、れもんちゃんでござる」
「どうだ、あったか毛糸パンツは?」
「あったか毛糸パンツは、れもんちゃんでござる」
「無礼者!『れもんちゃん』を普通名詞のように使うな」
「いや、それだけ、このあったか毛糸パンツ、気に入ってござる。これはよい。早速れもんちゃんに自慢しに行きましょうぞ」
「よし。少し早いが出掛けるか」
と、立ち上がって、リビングの飾り棚のガラスに映った自分の姿を見て、背筋が凍った。
「シン太郎左衛門、ダメだ。これはさすがに、れもんちゃんに見せられるものではない。『似合わないにも程がある』のレベルを遥かに越えている」と、毛糸パンツを脱いだ。
「うむ。フワフワ、ヌクヌクでは、ござるが、これを着こなせる成人男性は、日本には存在せぬ」
「『人気色』と書いてあったし、れもんちゃんに因む色だから、迷わず買ってしまったが、これは凄まじく不恰好だ」
「絶対れもん主義者が陥りがちな罠でござる」
「そうか・・・まあ、家で履けばいいから、いいや」
「おそらく、そのセリフ、多くの絶対れもん主義者が口にしたものでござる。ただ、拙者は、この毛糸パンツが気に入ってござる。ステキなプレゼントでござる」
「喜んでもらえれば、何よりだ」
「うむ。ちなみに、今回は31回目でござる」
「何が?」
「シン太郎左衛門シリーズ」
「そうか。お前、記憶してたか」
「違いまする。初回が5月7日、以降の日曜日の数ぐらい、軽く暗算できまする」
「そうか。俺は、クチコミを一つずつ数えようとしてた」
「父上は実にドンくさい」
「まあ、そう言うな。そうか、31回目か・・・いろんなことがあったが、これからも仲良く頑張ろうな」
「いや。拙者、最近とみに父上との音楽性の違いを感じてござる。年内には、独立して、ソロデビューを致す所存」
「独立して何するの?」
「メタル」
「メタル?」
「武士メタル。れもんちゃんへの、ちょっと切ない武士の想いをデスボイスに乗せて歌う」
「そうか、武士メタルか。今日、二度目に背筋がゾッとした。一緒に音楽をやってきた覚えはないが、確かに武士メタルは俺が許容できるジャンルではない。ぜひ独立してほしい。ちなみに、クチコミは?」
「そちらは、今まで通りで願いたい」
「そうか」
こいつ、本当に馬鹿だ、と思ったが、口には出さなかった。結局、親子揃って大馬鹿者だった。
何はともあれ、れもんちゃんは、今日も宇宙一だった。シン太郎左衛門も私も、絶対れもん主義の信念をさらに強固なものとした。
今日の感動を抑えられず、シン太郎左衛門が、帰りの電車で、前触れなく武士メタルを始めた。シン太郎左衛門のデスボイスは見事に様になっていたが、気味の悪い声で、「うお~っ」と雄叫びをあげて、「可愛い、可愛い、れもんちゃん」とやられると、今日三回目に背筋が凍り、総髪が逆立った。周りの乗客も一斉に顔をしかめた。武士メタルに限っては、音漏れするらしい。慌てて、シン太郎左衛門に止めさせた。
シン太郎左衛門と毛糸のパンツ様ありがとうございました。
れもん【VIP】(23)
投稿者:シン太郎左衛門、れもん星で缶バッジを買う様
ご利用日時:2023年11月26日
我が馬鹿息子、シン太郎左衛門は武士を自称している。ただ、武士の基本用語、例えば月代という言葉を知らなかったりする。疑えばキリがない。
今朝、シン太郎左衛門の喚き散らす声で目を覚ました。「無礼者!」とか怒鳴っている。布団を捲って、「何の騒ぎだ」と言うと、シン太郎左衛門、はっと目を見開き、
「あっ、夢を見てござった」
「俺も夢を見ていた。お前の声に起こされた」
「拙者、れもん星に観光に行ってござった」
「俺もだ。お土産物屋で買い物をしている最中だった」
「拙者もでござる」
「それなら同じフライトに乗っていたに違いない。俺が見たれもん星の風景は関西国際空港にそっくりだった」
「拙者が着いたのは、港でござる。海が見え、小型のフェリーが停泊してござった」
「巨大な空母は泊まってなかった?」
「空母が入れるような港ではござらぬ。ごく小さな港でごさった。人影疎らな、哀愁が漂う景色、まるで『津軽海峡冬景色』でござった」
「それ、本当に、れもん星か?」
「れもん星に間違いござらぬ。閉まっておったが、『れもん星観光案内所』という看板を上げ、45度傾いた、崩れかけの建物がござった。その隣に鄙びた土産物屋が、店を開けてござった故、立ち寄ってみると、クラブロイヤルの入り口でいつも愛想よく出迎えてくれるスタッフさんとそっくりな人が『れもんちゃんグッズ、いかがですか』と声を掛けてきた」
「おお、それは入るしかないな」
「うむ。当然、入店してござる。すると、店内には陳列棚の一つもなく、ガシャポンが1台置いてあるばかり。『れもんちゃん缶バッジ』と手書きしてござる」
「それはステキだ。いいお土産になる」
「『1回千円』とあった故、店員殿に千円札を渡し、代わりに受け取ったコインでガシャポンを回し、カプセルを開けると・・・」
「うん」
「ただ一文字『も』と書かれた缶バッジが入ってござった」
「れもんちゃんの『も』だ」
「うむ。しかし、これでは、土産として頼りない故、もう一度千円払った。出てきたのは、またしても『も』。『れもん』でなく、『もも』になってしまった」
「悔しいな」
「いかにも悔しいので、また千円払うと、今度は『ん』が出た」
「近づいたな。次に『れ』が出れば、『れもん』が揃う」
「うむ。そう思って、また千円注ぎ込んだ。『が』の缶バッジが出てござる」
「並べたら、『ももんが』だ」
「うむ。いささか逆上して、今時珍しい二千円札でコインを2枚譲り受け、続けて2度回したら、『ず』と『き』が出た」
「『ももんがずき』になった」
「腹が立って、『無礼者!誰が、モモンガ好きだ!拙者、富士山シン太郎左衛門は生粋の絶対れもん主義者なるぞ!』と怒鳴った」
「なるほど、その夢はハズレだ」
「ハズレでござった」
「その缶バッジ、見てみたい」
「夢の中に忘れてきた」
「残念だ」
「うむ」
「それに比べると、俺の夢の方が、まだ良い」
「と言いますると」
「俺の夢の舞台は、関空のような場所だが、『歓迎 れもん星へようこそ』とカラフルな横断幕が掛かっていて、免税店のようなものが軒を連ねていた」
「華やかでよい」
「そうだ。人もたくさんだ。ふらっと散歩していると、一つのお土産物屋の前で、クラブロイヤルの入り口でいつも愛想よく出迎えてくれるスタッフさんとそっくりな人から『れもんちゃんグッズ、ありますよ』と声を掛けられた」
「拙者と同じでござる。同一人物に違いござらぬ」
「レモンイエローの法被を着てた」
「同じでござる」
「じゃあ、同じ人だ。明るい店内に入ると、なかなかの品揃えだ」
「ガシャポンは?」
「ガシャポンはなかった。れもんちゃんの等身大フィギュアがあって、非売品との札が掛かってた。本物には遠く及ばぬが、中々よく出来ていた。触ろうとして、怒られた」
「拙者の入った店とは、随分と違う」
「うん。ディスプレイもシャレてて、れもんちゃんのパネルが大小飾られている、とても居心地のよい空間だった」
「れもんちゃんがいる空間は居心地が良いに決まってござる」
「缶バッジもあった。それぞれ、れもんちゃんの全身写真、お顔のアップ、『れもんちゃん』とカラフルでポップな文字で記したもの等、5個セットで千円だった」
「・・・父上、拙者に喧嘩を売ってござるか」
「違う。あれこれ目移りしているうちに、『チームれもん』の黒いキャップに目が止まった。値札を見て、気を失いそうになったが、大奮発して買ってしまった」
「羨ましい限りでござる。その店は、関空にあるのでござるな」
「いや、そうは言ってない。関空にあれば、また行きたいが、そうではない」
「残念でござる」
「そのうち、店の奥の方にカーテンで閉ざされた入り口があるのに気付いた」
「それは、まさか・・・」
「うん。この奥、カーテンの向こうに、れもんちゃんが待っていると感じさせる雰囲気があった。少しドキドキしながら、『この奥、入っていい?』と訊くと、店員さんが『どうぞ、ご案内します』と快く答えてくれた」
「おおっ、それは期待が高まりまする。まさに、れもんちゃんとの御対面の場面そのままではござらぬか」
「そうだ。そして、クラブロイヤルのスタッフさんに似た店員さんが、お口のエチケットを軽く二度シュシュっとしてくれた後、カーテンを開けながら、にこやかに『カーテンの向こうに・・・』と言うので、勇んで一歩踏み出したら、カーテンの向こうには、まさに今カーテンを開けてくれたスタッフさんが満面の笑顔で立っていた」
「・・・スタッフさんの瞬間移動芸でござるな」
「そうだ。見事なテレポーテーションだった・・・でも、こういうものが見たかった訳ではないので、心底ガッカリした。ただ、お義理で拍手はした。その場面で、お前の怒鳴り声に起こされた」
「父上の夢もハズレでござる」
「そうだ。お前は6等、俺は5等だ」
「いい年をして、残念な夢の話で盛り上がっているとは、我々親子は救いようのない愚か者でござるな」
「そのとおりだ。しかし、実物のれもんちゃんにハズレや残念はない。いつも数万発の花火が打ち上がるような大当たりだ」
「いかにも。そして、今日は、れもんちゃんに会う日でござる」
二人揃って、ヘヘヘヘと、だらしなく笑った。
れもんちゃんは、今日もやっぱり宇宙一だった。この冬空に、百万発の花火が上がった。
シン太郎左衛門、れもん星で缶バッジを買う様ありがとうございました。
ひかり【VIP】(19)
投稿者:たまのじょう様
ご利用日時:2023年11月23日
久しぶりの福原、ひかりさんで楽しい時間をすごせました。
気持ちよくしてくれてさらに会話もとても楽しかったです。
また必ず指名します。
ひかりさんで最高!
たまのじょう様ありがとうございました。
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今日、日曜日、れもんちゃんに会う日。シン太郎左衛門は、布団の中で二、三回「やぁ!とぉ!」と掛け声だけ上げると、「今日の稽古は以上」と宣った。
「これだけ?もう少しやれよ」と言うと、「これで十分でござる。もう武士は飽きてきた。転職を考えてござる」
「転職?お前、別に仕事として武士をしてないだろ。つまり、お前は『無職』だ」
「うむ。しかし、『無職』では外聞が悪い。履歴書には『家事手伝い』としてござる。これから早速就職活動をする積もりでござる」
「就職活動?」
「うむ。れもんちゃんの美しさをよりよく理解するために、アパレルかネイルサロンで働く積もりでござる。第一希望は美容院でござるが、拙者、先端恐怖症ゆえ、ハサミを持つと、オシッコを漏らしまする」
「それは美容師としては致命的だ」
「うむ。カミソリなど、もっといかん。最悪の事態が起きまする」
「それ以上、言わんでいい」
この会話を続けるのが嫌になったので、「あっ、ネイルで思い出した。話は全く変わるが、昨日、久しぶりに、お寿司ちゃんに会ったぞ」と話題をすり替えた。
シン太郎左衛門は眉をひそめて、「ん?お寿司ちゃんとな」
「そうだ。お寿司ちゃんだ・・・いや、お寿司ちゃん改め、ラーメンちゃんだ」
「それは、何の話でござるか」
「あれ、お前にお寿司ちゃんの話をしてなかったか?」
「聞いたこともござらぬ。それは、クラブロイヤルの女の子でござるか?それとも他店の?」
「馬鹿なことを言うな。俺は、絶対れもん主義者だ。お寿司ちゃんとは・・・」
私が密かに『お寿司ちゃん』と呼んでいるのは、年の頃は二十四、五、パッと見は地味なOL風の女性だった。通勤電車の中で数回見かけただけで、それ以上のことはない。
「電車の中で見ただけでござるか」
「そうだ。平日ではない。土曜日の比較的空いた電車で隣の席になったことが、これまで3回ある」
初回に隣合わせたのは半年ほど前だった。私は本を読んでいたのだが、ふと隣の女性の、スマホを触る指先に目が行った。色使いが華やかで、思わず見入ってしまった。
「一目では何の絵柄だか分からなかったが、じっくり観察すると、かなり斬新なネイルだと分かった」
「と言いますると?」
「お寿司の細密画だった」
「それで『お寿司ちゃん』でござるか。安易なネーミングでござる」
「いかにも安易だが、指の一本一本違うお寿司ネイルだ。トロありエビあり鯛あり玉あり、イクラの軍艦巻、カッパ巻、バランにガリが添えてあったり、どれもが、それは細かい筆遣いで、一つ一つの米粒が見分けられるほど、実物に似せて緻密に描いてあった。どれだけ時間と金を使ったのかと感心してしまった」
「なるほど。そこまでするのは『お寿司ちゃん』以外には考えられませぬな」
「だろ?だから、お寿司ちゃんだ。右手の中指にはアガリの湯呑みだ。さすがに魚へんの漢字を並べてはなかったが、『寿し』と書いてあって、『し』の字の先っぽはヒラヒラと波打っていた」
「お寿司ちゃん、相当変わった人でござるな」
「うん。まだ続きがある」
それから1ヶ月ほど経ったある日、また偶然その女性と隣の席になった。
「すぐにはお寿司ちゃんだと気付かなかったが、ふとした拍子に隣の女性客の手元に目が行って、思わず『あっ、お寿司ちゃんだ』と心の中で叫んで、顔を見た。微かな記憶だが、同一人物に間違いなかった」
「お寿司のネイルでござったか」
「うん。さらに気合いが入っていた。アクリルを盛り上げたものか、どう作ったかまでは分からんが、指先の一つ一つにお寿司の模型のようなものが乗っていた。小指の先程のミニチュアではあったが、もはや爪などすっかり隠れて見えなかった。右手の中指には、親指の先程の湯呑みがポコンと乗っていて、魚へんの漢字が周囲にぐるりと書いてあった」
「そんなことをして、普段の生活に支障が出ませぬか」
「出てると思う。それに屈しないのが、お寿司ちゃんだ」
「何かの罰ゲームではござらぬか」
「いや。俺に見られているのは、ウスウス察していただろうが、臆する様子もなかった。むしろ、誇らしげですらあった」
「お寿司ネイルに全てを捧げてござるな。完全に変人でござる」
「うん。でも、まだそれで終わらないのだ」
そして、昨日、その女性と電車で乗り合わせた。前回から、5ヶ月は経っていただろう。
「電車に乗ったら、優先座席に座っているお寿司ちゃんに気が付いた。急いで、隣の席に座り、その指先を見て、愕然とした。『ラーメンちゃん』になってしまっていた」
「テナントの入れ替わりは、よくあることでござる」
「うん。もはやネイルと呼んでいいのかも分からんが、煮玉子とかチャーシューとかメンマとか、ラーメンのトッピングのほぼ原寸大の食品模型と思われるもの、寸を縮めた丼や割り箸、レンゲの模型が、全ての指の爪の上に貼り付けてある。ごちゃごちゃした感じだし、お寿司のときに比べて、細工が雑で格段に見劣りする。『ええ、もう、どうとでもなれ』というヤケクソな印象さえあった」
「一体何が起こったのでござろうか」
「分からん。気にはなったが、俺は完全な赤の他人だ。立ち入ったことを訊く訳にもいかん。知らん顔をして、本を取り出して読み始めた。ただ、視界の隅でスマホの操作に大苦戦するラーメンちゃんが気になって、本に集中できんかった・・・お寿司ちゃん改めラーメンちゃんについては、以上だ」
「なるほど・・・何をしてくれることやら。父上、仮にも、これは、れもんちゃんのクチコミでござるぞ。父上の周りの変人のことなど、誰も関心はござらぬ」
「分かってる。お待ちどう様。ここからいよいよ、れもんちゃんのネイルの話だ」
そう。れもんちゃんのネイルは素晴らしい。特に今回のは、素敵すぎるのだ。
「俺は、れもんちゃんの今のネイルが大のお気に入りだ。これまでのも好きだが、今回のは特に良い。本当に素晴らしい」
「うむ。今回のれもんちゃんのネイルは雪をテーマにしてござるな」
「そうだ。それも、ただの雪ではない。ちゃんと語ってやるから、しっかり聴け」
「畏まってござる」とシン太郎左衛門は正座した。
「想像しろ。俺たちは今、中世の面影を残したヨーロッパの小さな町にいる。季節は冬だ」
「うむ。拙者、ヨーロッパには縁がござらぬ。全く想像できん」
「じゃあ、黙って聴いとけ。時刻は夜の10時過ぎ。辺りには人影もなく、冷たい風が、降る雪を千々に乱している。俺はコートの襟を立てて、背中を丸めて歩いている。大きなスーツケースが積もった雪に阻まれて、道行きは難渋を極めている。靴には凍った水が染み込んで、爪先が痺れている」
「寒そうでござる」
「寒いなんてもんじゃない。吐く息も凍る寒さだ。鼻水が垂れて、鼻の下で固まって、二本のツララになっている」
「まるでセイウチの牙のようでござるな」
「うん。極めて恥ずかしい姿になってしまった。そんな情けない格好で、宿泊先のホテルを探して道に迷った俺は、ふと足を止める」
「セイウチのように吠えるためでござるな。セイウチは何と鳴きまするか」
「知らん。立ち止まったのは、吠えるためではない。そこに、とても可愛い小さな家があって、街灯もない暗い通りに面したガラス窓に、室内の暖炉の焔が仄赤く暖かい影を揺らしている。その暖かく柔らかい赤色を、窓の縁を飾った白い雪が優しく包み込んでいるように見える。その光景に一瞬にして寒さを忘れた。まるで、マッチ売りの少女が小さな炎の中に見た幻影のように、涙が出るほど懐かしくも、切なく、美しくて、思わず『れもんちゃ~ん!』と叫んでしまう・・・これが、今回のれもんちゃんのネイルのイメージだ。雪の結晶が絶妙なアクセントになっている。つまり、今回のれもんちゃんのネイルは、ヨーロピアン・テーストで、ハート・ウォーミングで、上品で、可憐で、美しく、可愛い」
「うむ。れもんちゃんは、全てにおいて、実に行き届いた宇宙一でござる。ただ、今の父上の説明から、れもんちゃんのネイルのデザインを思い浮かべるのは至難の業、いや不可能でござる」
「そうだろうな。まあいいさ。いずれにしても、今日これから、れもんちゃんに会うのだ。ネイルもしっかりと観賞しよう」
「うむ。楽しみでござる」
そして、れもんちゃんに会ってきた。宇宙一に更に磨きが掛かっていた。ただ軽くショックだったのは、これだけ一生懸命にクチコミを書いたのに、あの雪のネイルは先週で終わってしまっていたのである!
でも、新しいキラキラのネイルも、もちろん素敵だよ~ん。